【自虐的な君に】5のお題

自分で自分を傷つけてしまわないで

 そこまで。大きなパン、と手が叩かれる音にパーチェは振り返った。緩やかな坂道の先には人影があり、シルエットからしてどうやらあれは知り合いのようだ。
 随分と聞こえる声と聞こえる音だったなあ、と呑気に思っていると人影はものすごいスピードで近づいてきて、そしてパーチェの想像通りの人物が目の前にまでやって来る。

「何してんの、パーチェ」
「んー? ……ちょっと、色々」
「自分で自分をいじめるような真似、悪趣味以外の何者でもないからやめたほうがいいと思うよ」

 鬱々と物事を考えていたことを見ぬかれたことに驚いたのもあるが、それ以上にの表情はいつもの笑顔や怒った顔とはまた違った悲壮感を持っていた。
 揺れる瞳に何を見ているのか、自分を見ているのか分からず彼女の名前を呼べばはこれでもかと溜め息をつく。ええ、と首を傾げれば思い切り額に痛みを感じる。何をされたのかパーチェは状況把握に戸惑ったが何てことのない、デコピンだ。
 痛みからぐおお、と唸声を上げてみるがは変わらない態度で「カッコつけても意味なんかないでしょ」と随分呆れたようにモノを言う。
 生きている意味だとか、死んでいく意味だとか、今後のことだとか、以前のことだとか、考えても仕方のないことを考えるのはパーチェらしくない。そしてそんな彼をは見抜いている。おそらくはだけではないだろう。幼馴染達は彼のことなどきっとお見通しだ。

 かなわないな、とパーチェは笑う。最初から敵いたいなんて思ってないくせに、とは言い返しパーチェの横にある手すりに自らの身体を寄りかからせた。
 いつもより風が強い。レガーロ島は今日もいい天気だ。天気みたいに自分の気持も晴れてしまえばいいのに。空を見上げたパーチェには何も言わず唯傍にいて、彼の言葉をずっと待ち続けた。
 そんな彼女の厳しいのかやさしいのか分からない性格に、少しばかり泣きたくなったのはパーチェだけの秘密だ。

は優しいね」
「優しかったらデコピンなんかしないでしょ」
「とかいってー照れちゃってー」

 パーチェが可愛いといえば彼女は照れくさそうに誤魔化して「はいはい」と笑う。笑った顔、怒った顔、悔しそうな顔、色々な顔を見てきたがパーチェは彼女の照れ隠しのような笑い方が一番好きだ。


「何、今度は」
「ラ・ザーニア食べに行こう!」

 は少し驚いたような顔をしたが、直ぐにそうだねと笑ってみせたのでパーチェは満足気に笑い返した。矢張り彼女は怒っている顔より、笑顔のほうが万倍可愛い。そしてこんな天気の良い日のラザニアは万倍美味い。
 彼は先程まで自分自身を攻め立てるような考えを何処か心の隅に追いやって、彼女の手首を掴むと疾風怒濤の速さで走りだす。引きずられながら彼女は「このラザニア馬鹿め」と茶化すように楽しそうに笑った。
 笑って追い詰めて苦しんで、それでもラザニアを食べて談笑を交わす。
 そんな、一日。

2011.11.16. up.