チナミは今、この時点で大変困惑している。都達が去って月日が大分たち、明朝にはゆきが遅くなりながらも帰還するというのにだ。
彼は先日より小松の下で働いてきたが……その小松が、何故かを連れてきた。彼女は随分と困惑していたが、観念したように両肩を落としてしぶしぶ仕事をこなしているので余計に訳がわからない。
彼女は坂本の側近の一人だ。
……その坂本も、明日にはここを発つという話は八葉には知れ渡っているし、何よりが知らないはずがない。
だというのに、彼女は平静を保ちそして仕事をこなしている。
「何をしているのだ、殿!」
「ええと、今書簡をまとめて……」
「そうではなく!」
何故坂本殿と居らんのだ。という彼の質問に彼女はまたか、と思わず呟いた。
一体本日何人目だろうか。というよりも、そんなにも筒抜けだったことに驚かずにはいられない。
彼は彼女の言葉に目を丸くしたが直ぐには首を横に振って、持っていた紙を机の横にずらし、彼を手招いた。
言われたとおりチナミは彼女の前に座ると、はなんとなしに遠い目をしながら語る。
「少し、寂しくて」
「……寂しい、ですか?」
「うん」
私にとって、彼は兄替わりのような人だったし。ゆきは私にとって妹のようなものだったし。
二人を指しながら言うは彼女の言うとおり寂しそうで、チナミはぐっと言葉を抑えた。
「けれど、別れを言わなければ……その、後悔すると思います。……俺が、そうだったから」
「……チナミ君」
兄であるマコトという存在。天の朱雀という役目を奪った自分。
色々なことが頭をぐるぐると周り、後悔し、懺悔だと思って行うことは空回り。自分の存在意義を失ったチナミを救ったのは神子で、彼女はふわりと笑って彼を必要だと言ってくれた。
……結果として、今こうして自分があるとチナミは思っている。
にとって、きっとそれは坂本に感じているのだろう。
「私はねえ、坂本さんの見た世界を見たいから、この世界に残ることにしたんだけど」
「なんと」
「……でも、やっぱり坂本さんが居ないって、想像つかなくて」
出会って数年。付き合い続けて早幾星霜。振り回された回数も数えきれない。
坂本龍馬という人間を語るの顔は呆れて、怒ってでも笑っていた。その喋り方は決して嫌なものではなかったし、チナミからすれば坂本への尊敬が彼女の中に含まれているのだと、そう思った。
ゆえに、彼は拳を作って殿、と彼女を呼んだ。
「今、言わなければ意味がないです」
「うん」
「……俺は、ゆきに救われました。殿も、そうだったのでは」
「……そうだね」
何度も、助けてもらった。ゆきにも、坂本さんにも。
薄く笑ったに、ならば、と彼はぐいと立ち上がり彼女の腕を引っ張った。
ばさばさと紙が落ちていく音が耳に劈くけれど、チナミはそんなことを気にもとめずにはっきりと両手を掴んで言う。
今、動かなければならないのだと。何度も、何度も、繰り返して。
「行きましょう、殿」
「……チナミくん」
「さあ」
「……そうだね」
いつだって、どこでだって、彼らと共にあったのだから。最後くらいは、素直でいかなければ。
チナミの気持ちに引っ張られ、顔を上げたに、大きくチナミは頷いた。