「くん」
「これはこれは……小松さんもお見送りですか?」
ゆったりとした足取りで町中を歩いていると小松はなんとも言えなさそうな顔で彼女を見ていた。敏い人は苦手だ……とは内心で思う。
だからといってどうこうするつもりもなく、小松のその自分を律した物言いは嫌いではないし、尊敬すべき箇所も多くある。
彼は相変わらずの表情で「まあね」と言いのける。
面倒見のいいところも矢張りご家老として周囲に慕われているところなのだろう。
「ところで君は、あちらの世界に戻らないんだったね」
「ええ」
「理由は?」
いきなりすぎる質問に、は苦笑いを落とした。彼らしいといえば彼らしいので、もはや今更かもしれないが。
小松は眼鏡を持ち上げながら「龍馬が気づかないから?」と尋ねたが、それに関して彼女は大きく首を横に振る。
それにしてもこう、中岡といい小松といい、面倒見はいいのだがいささか人の恋愛ごとに首を突っ込みすぎるのではないか。
……どちらかと言えば、親愛に近いのかもしれない感情なので、割りとそっとしておいて欲しいのだが。の気持ちは彼らに関してみれば余り関係ないようだ。
「……坂本さんが追いかけた夢を、追いかけるのは私の勤めでもありますから」
「そんなことをしても、彼は振り向かないよ?」
「そもそも振り向いて欲しくてやってるわけじゃないんですよ」
気づいて欲しいわけじゃないんです。
苦笑いを落とし、町をぐるりとは見渡した。
怨霊は封じ込められ、時を操る神はこの世界の呪詛から逃れられ、また神として静かに世界を見守っているのだろう。
活気を取り戻し、騒がしく動きまわる世界を見つめながら、懐の中にはいったがま口から、貨幣をとりだす。
「今、私は手持ちがないです」
「……いきなりだね」
「でも、私はこの世界で生きてみたいと思いました」
坂本さんの夢が、私の夢になって。そして繋がっていく。きらきらと太陽に貨幣が反射して光る。
「10円玉」は彼女の手の中に静かに落ちていった。
「――坂本さんと神子は世界を変えたのだから、その世界を見てみたいと思うのは、駄目でしょうか」
「駄目じゃないけど……君、苦労する性格だよね」
小松はに呆れ、彼女の手の中にあった十円玉を受け取った。
見たこともない貨幣はどこか面白い。未来の、異界の貨幣だという。銅の重さが妙に心地良い。
「私はさっさと自由になって隠居したいんだけれどね」
「小松さんらしいといえば、らしいですね、それ」
「隠居したら精々君も付き合うといい」
「お土産を持って定期的に顔を出しますよ」
まるで毎年夏休みに実家帰りするようだ、そう呟いたに君のご両親になった覚えもないのだけれどね、とどこか小松は呆れたように笑った。
――彼女の、兄のような存在がいなくなるまで、後一日。
「最後くらい、一緒に酒でも飲んであげれば?」
「そうですか? でも坂本さんを慕ってる人は沢山いますから」
「……君も、その一人なんだし、君にとってはそれだけじゃないでしょ」
出来る限り善処はしてみますが、多分難しいですね。
笑ったの額を人差し指でこつん、と彼はつついた後にくすくすと笑う。
最後くらい素直でありなさい、というのは年長者からの助言だ。
言わない彼女と、気づかない彼。どちらが悪いというわけでもなく、どちらがいいという訳でもない。
ただ、そんなを見ていると手助けをしたくなるのは、矢張り兄のような気持ちなのだろうか。
くつくつと笑った小松にはいささか分からないのか、首を傾げるばかりだ。そんな顔も悪くないと言えば彼女はどういう反応をするのか想像して、かわいそうになったので犬猫にするように頭を撫でれば何事ですかと矢張り言われ。
彼女は随分と、真面目な人間だと、もう一度小松は笑った。