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交わらないふたつの世界

 ゆきと坂本がこの世界を発つという。
 龍神の加護か、合わせ世も含めた3つの世界を救った女傑とその守護をする八葉。彼らが気持ちを通わせたのはある意味で必然といえば必然だろう。
 残りの八葉はそれぞれが其々の道を歩み、都と瞬は先に戻っているという。瞬は――祟と共に、合わせ世にいるのだろうか。時折誰にでも無く文を書いて、文箱の底に仕舞う。

 お元気でしょうか。
 此方は相変わらずです。
 その流れを何度も何度もしたためて、そして千代紙で折った封筒に詰め込む。
 浅葱、萌黄、薄紅、鶯色……。幾重にも色が大分重なっていく。


「……ああ、中岡さん」

 どうしました。
 知らぬうちに懇懇と考えこんでいたのだろう。足音にも何にも気づけなかった。何かを言いたそうな顔をしている中岡に両肩を落として首を横に振る。
 彼は随分と真面目気質だからこそ彼女へ気を使っているのだろう。
 別に、龍馬とゆきが思いを通わせたことは悪いことではないし、龍馬にとって見れば念願が適ってくれたという意味で喜ばしいことだ。龍馬に近しい人間であれば「お嬢」の存在が彼にとっていかに大きいかを識っている。も、中岡も何度となく彼から聞かされ、その「お嬢」を探すことも手伝ったことがある。
 その「お嬢」なのだから、彼の初恋はもう何十年も越して、実ったのだ。執念とは恐るべしである。が茶々を入れれば随分と慌ててよせよ、と頭をはたいてきたのは懐かしい。

「龍馬さんと神子殿は明日、行くそうだ」
「そうらしいですね」

 それでいいのかと言いたそうな顔に、彼女は平静を保ちながらそんなもんですよ、と笑った。
 彼女は自分の世界に戻るのかという問いかけにゆっくりと首を横に振る。家族は今どうしているのだろうかという疑問は残っている。けれど、はそれを見つめ直したいとは思わない。家族には家族の時間が流れており、にはの時間が刻まれていく。
 そのことを龍馬に伝えれば彼は随分と怪訝な顔をしたが、ゆっくりと頷き返してくれたことを思い出す。

 彼は知っている。自分が必死にこの世界から帰ろうとしていたことを。けれどその機会がやってきてもいこうとしなかった彼女が不思議だったのだろう。
 龍馬は尽力してくれた。それに応えるようにも彼のために力を尽くした。


「なんですか、中岡さん」
「……本当に、いいのか」
「あのですねえ」

 私は自分でこの世界に残ると決めたんですよ。の言葉に嘘はなく、中岡は何度か頷いてああ、と繰り返す。
 彼はいい人だ。のことをよく見てくれている。
 にとって、中岡は自分を実直に全てを素直に出せる存在だ。だからそう気を使われると切なくなって仕方がない。

「……中岡さん」
「なんだ」
「私、坂本さんが初恋実って実は思っていた以上に嬉しいみたいなんですよ」

 すんなりを笑ったに、中岡は腕を組んだ。
 ……彼女の仄かな笑い方に、溜息をひっそりとつく。
 無理はしていないのだろう。思いは、昇華されていくのだろう。けれど、中岡からすればその一つ一つが妙に痛々しい。


「はい」
「泣きたいなら、腕ぐらい貸す」
「……妙になんでそうやって敏いんですか?」

 泣きたくないから自然でいようとしているのに。苦笑いのに中岡は容赦なく近づいていき、腕の中に彼女をぎゅうと引き寄せた。
 色気のない抱きしめ方ではあったが、彼らには丁度いいのかもしれない。
 彼女は泣きはしながったが、くいくいと中岡の服の裾を引っ張って「中岡さんは早く奥さん見つけて、こういうことしてあげるようにしてくださいね」とまるで空気を読まないものだから、中岡は頭の上に顎を彼女に乗せて苦笑した。

「人肌は暖かいだろう」
「はい」
「君は俺や龍馬さんの前では昔から泣かないが、俺は、泣いて欲しいと思う」
「……また無理難題を」

 苦笑いして、ようやくは中岡から離れると落ち着いて笑ってみせた。
「私は、この世界に来てお二人が導いてくれたからこうしているのに、なんで泣く必要があるんですか」

 船は世界に向けて動き出している。
 自分たちも、世界に向けて一歩踏み出していかなければいけない。未来人のができることは決して多くはないし、彼女の記憶は大分この世界にきて薄れ始めているけれど。
 それでも。

「中岡さん」

 私と一緒に坂本さんの見た夢をこれからも追いかけていきましょう。
 絶対何が何でも本人に言おうとはしないの頭をぐしゃりと撫でて中岡は仕方ないなと笑った。

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