08 // 姉妹デハ無ク……


「……ということでさ、おはるちゃんはもみじ様から何か聞いてないかい?」
「いえ、あの、特には……」

顔を渋めながらそうだよなあと腕を組む喜助にはるは考えた。
先日の守の話によれば喜助は随分ともみじの手助けに回っているという。人のいい喜助らしいといえば喜助らしい。
近くにいたたえが呆れていたが、喜助のそういう性格はとてもはるの心にとっては癒しになっているし、自分も彼の言葉に度々救われてきた。

「それで、巽家のご子息様は」
「どうなんだろうねえ、このご時世だ、もみじ様も年貢の納め時なのかもしれないねえ」
「そんな」

もみじといえば、矢絣の着物に袴のハイカラ娘だ。
白金家本家の最後の直系。はるは彼女を思い出しながら何かに諦めをつけたもみじの姿を想像し顔を顰めた。とてもじゃないが、似合わない。

「……もみじ様は、勇様のこと」
「そうだと思うんだけどねえ」
「あら、自分のことには疎いのにあんたって人のことは気づくのねえ」

呆れたように言うたえに、はるは内心でたえにだけは言われたくないと思う。
澄田三治との関係は相変わらず平行線なのは知っていたが、三治とのやり取りを見ている限りお互いが憎からず思っているのは一目瞭然で、それでも変わらない関係なのは彼女が不器用だからなのだろう。
喜助は少し考えた後、小さく溜息を付いた。

「もみじ様はともかく、勇様は気づいてなさそうだからなあ」
「……ああ」
「確かに」

三人は顔を合わせた後に此処には居ない宮ノ杜家次男を思い出し同時に苦笑いを浮かべた。


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「あの、白金さん」

肌の白い、目の大きな少女は泣きそうな顔をしてもみじを見つめていた。
手紙には手紙、というのが基本である中でもみじは彼女を教室で呼び止め、そのまま二人で校舎の下、少しばかり気づかれにくい渡り廊下の角に並んで立った。

「手紙、遅くなってごめんなさい」
「あ……」

いえ、と彼女は頭を振る。
萎縮しているのか、動揺しているのか今にも泣き出しそうな瞳にもみじはどこから切り出したら良いものか少し考えた後に、ふうと溜息を一つ。
日差しが今日は随分と暖かった。

「私、そういう「エス」というものに詳しくなくて」
「……そう、なんですか」
「だから、とても驚いてしまって。返事もどうしたらいいか分からなくて」

ごめんなさい。
頭を下げたもみじに彼女は慌てて首を振る。
彼女ともみじは確か裁縫の授業の時に一緒になった筈だ。生憎と全員のクラスや学年までは把握できていない。
四年生になると授業に洋食を作るものも入ってきたりと覚えるものも増える。
頬を赤らめる彼女をもみじはぼんやりと眺めながら「女性的だ」なんて少しずれたことを考える。こんな表情を自分は取れるのだろうか、と自問したが答えは出ない。


「私エス、ってどんなものか矢張りわからないんだけど、友達っていうのは、駄目?」
「……なんとなく、そんな気はしてました」

彼女は笑う。
その笑い方が可愛らしくてもみじは内心羨ましかった。おそらくは、そんな表情を自分は作れない。大和撫子たれ、というこの学校の教訓に見合った素晴らしい生徒だ。
紅のリボンは自分より彼女にこそふさわしいのではないか……そんな心の中の陰りが顔に出ていたのだろう。もみじの両手がそっと少女の両手で包み込まれる。

「でも、そういう白金さんが私はとても好きよ」
「……あり、がとう」

はにかんだ彼女は手を離して緩やかに髪を風になびかせる。
少しだけ胸が弾んだ。
伝えれば少しでも理解につながるという現実が嬉しかったのかもしれない。
彼女は思い出したように手を口に当て「あ」と呟いた。


「白金さんって、宮ノ杜家によく入り浸ってるっていう噂聞いたのだけれど……」
「え?」

一代にしてのし上がっていく宮ノ杜家は常に注目を浴びる。先日の雑誌には宮ノ杜家のことが話題に上がっていたし、仮にあの家に娘や女性がいたのならば格好の結婚相手として名乗りを上げる家が耐えなかっただろう。
その中の人間と親しければ自然と注目を浴びる。もみじはその典型例だったのだろう。
白金家の連れ戻された庶民として育ってきた娘ははしたない。そう裏では言われてるのかもしれない。実際のところは色気なんてものはなく、兄弟のように慕っているだけなのだが……そう周りは見えないのかもしれない。
もみじは足元をじっと見ながら考えた後に、顔をぱっと上げた。

「最近、色々あって」
「……そう」
「あ、でも、本当に何もないの。……ちょっと、喧嘩してて」
「喧嘩?」

気性の荒い女性といえば文學界でも話題になっている人間も多い。
先日の新聞でもやれ、どこぞの婦人と文学者の関係が話題になっていたのだが……、もみじと対面していた女生徒は少し驚いたように目を丸くした。
活発なもみじであれば確かに男顔負けに口論もしそうではあるが……如何せん、彼女の中にそういった状況を想像することが出来なかったのだろう。繁々ともみじを見た後に「どのように」と尋ねた。

「どのように、って……ええと、口論して、此処最近顔を合わせてないぐらいで」
「あら、まあ」

もみじは目を細めてみせる。
どうしてこんなにも自分が迷っているのかも、うまく説明ができていない。
もみじの友人たちは女性らしい人間が多く夫々に婚約者が居る。喧嘩することはあまり無いという。そんな彼女たちに相談できず、もみじは結局ぐうと堪えて現在に至っている。
で、あるのに何故こんなにも今眼の前に居る少女に話をしてしまっているのか、もみじには分からない。


「まるで、キネマのようね」
「……そう?面倒なだけ。だって自分の感情ですらわからないんだもの」
「それなら、やっぱりお会いして話すべきじゃないかしら」
「あの大佐が人の話を聞くとは思えないけどね」
「あら、白百合の君らしくない」

冗談交じりに言う少女の言葉に、もみじは耳に手をかけ、苦笑いを浮かべた後に彼女に礼を述べる。
少しでも動きたいと思ったのは結局自分なのだからどうにかしなければいけないのは間違いなくて、いざ面と向かって言われるとすっと姿勢が正される。
彼女の中に溜まった問題は一つではなく、実際結局どうあがいても最終的には宮ノ杜勇と顔を付き合わせ、話をしなければならない。

「……そうね、うん」
「あら、もしかして私は敵に塩を送っちゃったの?」
「冗談ばっかり」

ふふ、とお互いに笑いあった後に空を見上げると随分と久方ぶりに青くもみじの目に映った。