03 // 戸惑イ隠セズ

 巽大将の息子というのは、が見るからに、物腰柔らかく、とても謙虚で、軍人とは思えぬ振る舞いをする男である。
 割りと中性的な飄々とした性格をしており、けれども話を真剣に聞いて進言をしたり、逆に冗談も言い合う。
 ぶは、と吹き出してカラカラと笑う姿は男性そのものの笑い方で、カラっとした快晴のようだ。
 ……おおよそ、誰かさんとは大違いである。

 食事を取りながら両親は談笑を交わし、使用人たちは随分と慣れた両親に安堵の表情を浮かべそしての若干殺気立った空気に顔をひきつらせる。
 その姿を他所にしながら彼女の祖父である中将は味噌汁を啜っている。睨みつけても飄々と何処吹く風だ。
 は苛立たしげに、だが黙々と食事をとる。
 食事は悪ではない、寧ろ善である。コロコロと転がるじゃがいもを突き刺し、口に運ぶとみりんと醤油の味がよく染みていて、じんわりと広がっていく。

、そういえば巽殿はいかがだったかな」
「……今後ああいうことはやめてください」
「おやおや」

 不愉快にしてしまったようだ。
 妙に演技臭いその口調に苛立たしげに白米を放り込む。矢張り西洋の食事もいいが日本古来の食事は美味い。
 の仏頂面が面白いのか、中将はカラカラと笑った。
 何が可笑しいのか顔を顰めると失敬失敬、と飄々と笑う。物腰は柔らかい。口調も彼女相手でも落ち着き払った優雅さを残す喋り方だ。
 けれど、それが逆に彼女を苛立たせる。

「これでは玄一郎殿を笑えぬなあと思いましてね。そうだ、守殿のことは知っているかね?」
「少しばかりなら」

 御杜守が宮ノ杜守であるということを彼女が知ったのは此処最近の出来事で、当人と顔を合わせたこともある。
 は彼のことは小説家として読んでいたこともあったので、宮ノ杜と関係のない文豪のことや最近の大衆小説の話で終わったのだが。の回答が気に入ったのだろう、上機嫌気味に彼は酒を煽るとそうか、とだけ言う。

「……御杜くんが何か」
「いや、見聞を広めようとするその考え方は私は好きだからね、見習うとよいかと」
「どうも」

 は鯵を丁寧に食べ終わると最後に両手をあわせてご馳走様、と言い水を飲み干した。
 会話らしい会話はそれぐらいで、出来る限り彼女は今直ぐにここを立ち去りたかったのもある。両親がに申し訳なさそうな顔をしたが、は彼らに非がないことを知っているので、さらりとそれを交わす、
 中将はうむ、と彼女の言葉に頷いた。

 ああ、気に食わない。
 立ち去ったは知らないがその後に彼女の父、つまり中将の残り最後の息子が「父上」と呆れたように言い、彼に真意を尋ねると彼は随分と明るく笑い、何を企んでいるのかその片鱗をちらりと息子夫婦に話した。
 部屋に戻ると、机の横に置かれた鞄には目を落としこれでもかとため息を付いた。
 忘れていたことがもう一つあった。
 宿題をこなさなければとミシンを用意する横であえて見ないようにしていた真っ白の封筒をやっと手に取る。

 白百合の君。
 初めて聞いた自分の名の一つだ。そういえば友人たちがエスというものには花の名前で呼び合う箇所があると教えていた。知らない間につけられた「白百合の君」という名に、首を傾げたくもなる。
 白百合というのは女性の鑑のような花であり、到底は自分が白百合だとは思っては居ない。というか、似合わなさ過ぎてその差異に頭が痛いくらいだ。

 繕い物を終わらせては手紙をじっと見つめる。下駄箱に入っていた恋文にどうしたらいいのか分からない。
 そして、なぜか彼女は頭の中で一瞬だけ勇の後ろ姿が過ぎった。
 意味のわからない怒り方をする勇なんて思い出す必要なんてない。


「大佐の馬鹿」

 大佐なんて豆腐の角に頭をぶつけてしまえばいいんだ。
 縫い物も、エスも、全てが煩わしい。全てが煩わしくて、全てが嫌で、全てを拒否してしまいたかった。
 けれど、それができないのはの弱さだ。
 真っ白の封筒に浮かび上がる、様、という言葉。
 白百合の君、と書かれた文面。女性的で優しい香り。
 全てがとは乖離している。
 彼女は手紙を手にしたが、それ以上何も出来ない。破り捨てるほどの勇気もなかった。

 こんな時、あの人ならばどうしただろう。
 考えたくもない男が自然と脳裏を過る。
 それを振り切り“あの人”を巽に変えた。……けれど、彼はきっと何もしないだろう。唯微笑んで「左様ですか」としか言わないのは目に見えている。
 自分の求めている答えは、それではない。


「……阿呆らし」


 家の犬の鳴き声が、わずかに聞こえてくる。
 は悩んでいた考えを全て匣の中に押し込んで、先日文書堂で見つけた洋書に手をつけた。


2011.12.16