いつか離れるときが来る。

Ryugo Someoka


 彼は窓から幼馴染がクラスメイトらしき人間と談笑をしている姿を見つけて、我ながら目ざとい、と妙に自分自身に感心した。彼女は相変わらずちょこまかと忙しそうに動き回っていて、周囲に居る人間も入れ替わり立ち代り増えては減り増えては減り……。
 もぐもぐと早弁用に持ってきたパンを噛み締めながら、校庭傍を通り過ぎていこうとする彼女に視線を落とす。
 忘れていたがあいつはそういえば受験生だ。

「染岡ー、何みてんだよー?」
「別に」
「お、先輩じゃん」

 ひょこと顔を覗かせた半田は染岡が座る席の前に陣取り、彼の視線を追いかけるように校庭へ視線を投げかける。よくもコイツ、見つけられたな……と内心染岡は思うがそれを言葉と態度に出すことは無く、アンパンを再び沈黙しながら食べる。こしあんのすりつぶされたあんこの味が口内に広がっていく。
 甘い。クリームあんぱんが美味しいんだよー、と呑気に笑っていたマックスを思い出すが、どう考えても甘い気しかしなかった。
 そんな染岡のしかめっ面に気付いてか気付かないでか半田は相変わらずを見ており、やがて「そっかー、あの人三年だもんなぁ」と今の今まで染岡が考えていたことと全く同じことを呟く。半田との間の接点といえば染岡自身くらいしかないものだというのに、彼はよくもまぁ覚えているものだ。は両手に抱えていた本の一つを片手に持ち直して、ぱらぱらと捲りながら歩いている。
 前方不注意なことこの上ないのだが、両隣にいた女生徒がそこは見ているのだろう、三人組で談笑を交わしながら歩いていく。


「……受験かぁ」
「あんま受験受験言うな、考えたくも無ぇ」
先輩ってやっぱ外行くのか?」


 半田が尋ねたことに深い意味はないだろう。幼馴染だから、知り合いだから、ただの世間話の一つの内容として染岡に振っただけの事。だが、それは思わぬ形で思わぬ姿で彼の心の中に浸透する。外へ出る。その言葉は妙にずきずきと頭の奥にこびりついて残った。
 雷門は私立中学校だ。この近辺に大きな中学校がなく、随分と歩かなくてはならないから地元に居る人間達はこの中学校を受験し入学する人間が圧倒的に多い。勿論染岡自身もそのケースで、彼の幼馴染であるもその一人だ。だから、そのまま進めばいい。外に受験をする必要もない。変わらないメンバーと、変わらない日常をそのまま高校生活に持っていけばいい。
 けれども何故だろうか。彼女は外に出る。そんな予感がした。
 不意に出来た空虚感はジワジワと染岡を侵食して来て、足元がふっと暗くなるような錯覚を覚える。

「……染岡?」
「……」
「おーい、染岡?」

 半田が何度か声を掛けるが彼の返答はない。染岡の視線は校庭にいるにだけ注がれている。
 その視線は置いてけぼりを食らった犬や子供のようだがそんなことを口にしたら最後ヘッドロックを喰らうことを半田は知っていてか、結局言葉を声に出すことはせず、心の中でだけ留めておいた。
 幼馴染って厄介だな、と小さく染岡が呟いたような気がしたが――それもまた気付かないフリだ。

「幼馴染ってさぁ、結構難しいよな」
「はっ、んな女々しいこといってんじゃねーよ」

 実際先日少年漫画における微妙な三角関係に関して語った際に彼の意見は「くだらない」「女々しい」といった否定的なもので、男ならば堂々とはっきりと物を言え、ということらしい。
 ……そんな彼が、実際自分の問題になってみて、結局漫画のキャラクターと同様に思い悩んでいる。……昨日の言葉を聞いた以上は半田が口にすることは無意味に自分を危険に陥らせる行為にすぎないのだ。

「染岡ー早弁そろそろ終わらないと先生来るぞ」
「げっ」

 彼の口の中に含んだあんぱんの餡子は甘かったが、彼は矢張りどこか遠く、渋い顔をしていた。
 これで自覚がないんだから大変だよなぁ、なんて半田が更に思い、思わず口走り、ヘッドロックを喰らったのはこの少し後のことである。



2010.04.06

back