04.思い出

Keisuke Yamaguti



「卒アルってさぁ、こんな写真どこで撮ったの、っていうの結構載るよね」
「そーだよなぁ、あ、これ合唱コンクールの朝練のじゃん」

 一枚一枚皆で騒ぎながら見る中でぼーっとは己の手元にある本の文字を追いかけていた。こんな時にまで本を読まなくてもいいだろうとも思うのだが先が気になって集中できない。周りの騒音も彼女の耳にはまるで届かなかった。
 黙々と窓際の席で読んでいると急にかげりが出来る。何事かと目を上げれば、そこにはセーターを着た男子学生の姿が目に映った。
 山口圭介。幼馴染だ。

「何してんの、
「うん、本読んでる」
「みりゃ分かるって。そーじゃなくてさ、もっとこう感動を皆と共有しようぜ、お前卒アルどした?」
「皆に寄せ書きしてもらってるから多分他所のクラス行ってる。そのうち帰ってくるんじゃない?」

 小脇に抱えた圭介の卒業アルバムは貰ったばかりだというのに何だか少し凹んでいた。一生ものなんだから大事にしろって先生が号泣していたのを彼はすっかりどうやら忘れているようである。
 机の角に座るように、寄りかかってのその本をジロジロ眺めている姿は実にとてもこれから高校生になるとは思えない子供っぽさを持っている。クラスの同級生たちは相変わらず何かを寄せ書きしようと騒ぎ、隣のクラスの連中が入ってきては出て行き、そしてまた新しい人間が入ってきていた。
 担任に其々寄せ書きに書いてもらったり、逆に担任に色紙を送ろうと先ほどから色々な人の手に渡っているところだ。既には書き終わり、卒業アルバムも己の手になく、クラスの人々と盛り上がるわけでもなく本を読んでいた――筈なのだが。

「じゃあさ、俺のやつに書いてくれよ、ペンあるぞ!」
「……あのさぁ、私ら高校同じところ行くじゃん」

 腐れ縁はどうやら続くようだ。普通高校受験といったら其々が初めて己の意思で歩き出す、一種の分岐点のようなものなのだが、お互い教えなかったはずなのに受験先は物見事に駄々被りだったらしい。山口圭介の友人は「お前ら本当運命だな」と笑い、の友人は「山口君とずっと一緒っていいなぁ」と羨まれる結果になった。無論羨まれる理由はサッカーの出来る、外見もいい、人柄もいい男だからなのだろう。
 しかしこの学校のスターである山口圭介も、からしてみれば、小学生の時にお弁当に三つミカンが入っていたということが今でも残っている。そして自慢げに「うちのみかんが日本一だ!」と言っていたという当人ですらすっかり忘れている出来事をしっかり覚えているのだ。それを伝えれば「覚えてないっていうか忘れてくれよ!」と彼が言うので言葉にはしないのだが……それにしても、スターであっても所詮は人間で、昔の出来事を知っていると余計に騒がれるのが理解できないのだ。
 日は暮れ始めていた。燃えるような夕日が空を染める。しかしこのクラスの人間は誰も夕日に眼を留めることはなく目下卒業アルバムに夢中だ。

「いーじゃん、ほら、思い出って大事だろ!」
「じゃあ書くけどさ……思い出っていえば、第二ボタン誰かにあげんの?」

 誰が言い出したかわからぬ「第二ボタン」の伝説。それは場所も年齢も問わず、例に漏れず静岡でも話題になる。一瞬、圭介の手が強張ったのをは見逃さなかった。ああ、あげるんだと妙に納得し彼の顔を見ようとしたのだが――そこで予想していなかった表情を彼がしていたので、は戸惑った。夕日が窓から差し込んできていて、彼の表情を益々憂いのあるものに見せる。

「ま、そんなとこ」
「ふぅん、後輩とかクラスメイトに追いかけられないように頑張って死守しなくちゃね。学校の朝礼とか体育祭委員とか割と目立つところに山口いたしさ」
「俺中学三年間居て女の子に告白されたの数えるくらいしかないんだけど」
「それただの嫌味にしかならないと思うから男子の前で言うの、絶対やめときなよ」

 ツッコミに似た容赦ない言葉に圭介の表情が徐々に戻っていく。まるで何事もなかったかのように、ごくごく自然に。三月の風はまだ冷たく、桜の開花もまだ少し後らしい。
 カタカタと小さく窓が揺れる。

「……なー
「んー、なにー」
「あー……四月からも、よろしくな」
「何それ、まだ明日卒業式残ってるじゃない」

 まずは、また明日、ってところからだよとは笑った。釣られたように圭介も笑い返し「はやく書いちゃえよ」とを急かす。後ろから「山口ー、俺のにもー」と男子の声が飛んでくる。
 後24時間とプラス数時間。正式には31日迄中学生。ああ、なんというまぶしい言葉なのだろうと圭介はまだ自分がその立場であることを忘れしみじみする。
 せっせと一文を考えてサインペンを走らせるの姿が三年前の小学生の頃とだぶって見えて――何だか可笑しくなった。こうやって思い出が増えていくのだということがとても新鮮で、それでいてどこか懐かしく感じた。

、第二ボタン欲しい奴いるなら俺に言えよ。……あれだ、貰ってきてやるから」
「男子が男子に? それは凄い面白い光景になりそうだねー」
「……」

 言わなければ良かったと自己嫌悪する山口圭介の姿が見えた気がするのは、気のせいではないだろう。
 そんな卒業式前日。

2009.10.26
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