03.昔から…

Heima Yokoyama



 アンタのそのぼへーっとしたところは昔からよねー、と余り人のことがいえないようなゆったりとした口調で茶を啜りながらは言った。
 新茶の季節上親戚の手伝いに借り出されるのは慣れっこなのだが、しかし毎度のことだが骨が折れる。変わりに淹れてくれる新茶が美味しいから黙っておくことにしているが――それでもちょっと割に合わない。
 しかし、と長年の友人である横山平馬は彼女よりもずっと手馴れており最早それは特技といえるだろう。横山平馬は彼女の隣に「よいしょ」と声を上げながら腰を下ろす。五月の薫風が二人の横を通り過ぎていった。季節は初夏、八十八夜だ。

「俺にも」
「湯のみは?」
「今貰ってきた」

 シンプルな深い緑の湯のみを受け取っては自分の湯のみと、その湯のみに其々急須から茶を入れる。薄いグリーンの新茶で入れたお茶が注がれ香しい香りが鼻腔を擽った。
 いい匂いだ。

「なんかさぁ」
「んー」
「こうしてると、世の中って実は凄い平和だよなー」
「そーだねー、平和だねー」

 ずず、と茶を啜る音。しばしの沈黙。ちらりとは隣に居る少年に視線を送ってみる。相変わらず何を考えているのか分からない、特に変化しない表情でぼんやり縁側を見ていた。
 こんな顔をしていても、サッカー小僧なんだよなーということを妙にしみじみ考える。こんなところで茶摘の手伝いやってお茶してる場合ではないのだろうが、いいのだろうか。先日JFAプレミアカップとかいうサッカー大会に行ってきたとか言っていたのを思い出して、知らぬ間に彼について知らないことが沢山増えたのだ、と改めて自覚する。
 そうだ、お互いに知らないことがいっぱい増えた。
 遠くから子供の声がする。青い空はいつまでも変わらず、白い雲は緩やかに風に流される。彼女は茶を飲んで、言葉もついでに飲み込んだ。

「平和ってさぁ」
「え、まだその会話続けんの?」
「うん。で、平和ってさー……いーよな」
「……」

 空を見上げる平馬の背中は「男の子」のものだった。既にとは体格の差が明確に出ている。置いていかれる、とどこかでは気付いてしまった。故に、彼を追いかけることをやめた。傍にいるのが当たり前――とは最初から微塵も思っていない。
 単純に小学校の班が割りと一緒になって、地域が一緒で、友達で、それが中学まで続いている、割とおうちにも遊びに行く――というような、幼馴染なのかもどうかも分からない関係だ。
 だが、平馬はひょっこり帰ってくる。実にいつもと変わらぬ口調で、いつもと変わらぬ何を考えているんだか分からない表情で。
 それだけのこと。それ以上でも以下でもない。

「いいね。平和が一番いい」
「……まあ、明後日テストだけどさ」
「うわっ、思い出しちゃった……平和台無し!」

 やってくる現実に落胆――まではしないが、がっくりと肩を落とした。誰だ学生の本分は勉強だとか言った奴は、なんて心底そんなことを言い出した人をは恨む。……そもそも「学んで生きる」と書いて学生と読むので実に当たり前のことこの上ないのだが、それはそれ、これはこれだ。
 平馬はもう残り少なくなったお茶とお茶請けに貰ってきた羊羹を一つ食べながら「まあ、頑張れ」と実に他人事極まりなく言い切る。と平馬の学校は同じだ。当然、が試験ということは平馬も試験になる……筈なのだが、彼には余り焦りが見られない。

「……今更だけど、平馬って本当昔から呑気だよね」
「そうか?」
「そうだよ」
「……そーか」

 何その沈黙。は笑うと最後のお茶をぐっと飲み干した。親戚のおばさんが「二人ともご飯どうするー?」と聞いてくるのはその直後のこと。平馬は何かいいたそうにを見ていたが、彼女は気付かなかったので溜息を一つついて揺れるお茶をじっと見つめ続けた。
 夕飯はきっとお茶のてんぷらを抹茶塩で食べるんだろうな、と小さく考えたのが見事的中したのはまた少し後の話。



2009.10.26
back