01.「早く起きてよ」

Akira Mikami


 低血圧もここまでくるといっそ清々しい。
 殴ってやろうかと一瞬思うが彼女は作り上げた拳を振り下ろすことなくじっと彼を見つめた。
 幼馴染なんて聞こえはいいが要するに腐れ縁だ。今も昔もそして多分これからも「恋愛」という関係に行き着くことは有り得ない。彼女も想像していないし、多分彼も想像していない。
 そんな甘酸っぱい、少女漫画みたいな展開は彼ら二人には存在しないししなくていいと彼女は思っている。
 小学校一年生から六年生までの六年間、ずっと同じクラスだった悪友の寝顔を見ながら、は何度目か分からぬ彼への呼びかけを試みる。

「……おーい、三上、起きてよー」
「……」

 一度目、返事なし。
 二度目、手を振り払われる。
 三度目、うめき声。
 四度目、声。

「……るせぇ……」
「もー……分かった」

 ぱっと手を離して彼女はおもむろに扉を開けてスタスタと部屋を出て行った。無論返事も反論もない。扉の閉じられる音。そしてとりわけ大きい声ではないが聞こえる声で「おばさん、三上寝てたから帰りますね」とさっくり彼女は言い放った。


「あらぁ、帰っちゃうの? ケーキあるけど」
「これからナベちゃんたちとサッカーやりに行くらしいから、また今度で」
「あら、ケンくん元気してる?」
「中学いっても相変わらずですよー。それは三上もみたいで安心しましたけど」

 遠い会話。どうでもいいやり取り。
 だがこの時、三上亮は実に珍しく瞳を開いた。
 たまの休日、それも寮ではなく実家での休みだ。部活もない。それなのに目が覚めた。これは嵐の前触れか、と後々母親辺りが言っていたがそこはまた後日談にしておこう。
 起き上がり、扉を開けると相変わらずの話し声。そしてリビングには母親と、小学校来の友人兼悪友兼腐れ縁の「女」の姿。

「……?」
「亮、何その格好、やーねぇ、ごめんねちゃん」
「いーえ、大丈夫ですよー。おはよう三上。よく分かったね、だよ」

 今11時だけどちょっと寝すぎじゃない?
 そんな風に笑いながらはにこやかに手を振る。まだ眠気が飛んでいないのか三上は瞼をこすり、そしてゆっくりと溜息をついた。

「……なんで、いるんだ」
「うわ、まだ頭寝てる……。こっち帰ってきてるっていうからナベちゃんたちがアンタ誘ってサッカーしようってさ。で、同じマンションの同じ階のよしみで起こしに」

 小学校の集団登校を思い出したよー、と緩みきった笑顔を浮かべるその様に徐々に三上の頭が覚醒していく。顔色が真っ青になったのを心配する母親の声もしたが、そこは無視だ。 
 どうやって上がった。搾り出すように出した声が思ったより低くて、少しだけは驚いたように目を瞬かせる。だが直ぐに「おばさんがあがっていいっていったから」と何食わぬ顔で言う。何食わぬ笑顔を浮かべる母。何食わぬ表情を浮かべる。三上亮はこの二人の女に挟まれ――取りあえずがっくりと肩を落とした。
 ―― 面倒くさい。それが彼の、漸く出てきた言葉だった。





「……お前な、女が男の部屋入ってくんなよ」
「おばさんが寝顔ウケるわよーって言ってたからさぁ、ごめんごめん」

 いつの間にか抜いた背を叩きながらは玄関にたった。三上は相変わらずじっとを見ていたが、は三上を見返すことはしない。トン、トンと靴を履き終わると彼女は立ち上がり、漸く彼を見た。
 町並みや、マンションに住む住民が変わっても彼女は相変わらずで何一つ変化がない。最後にあったのは年末年始だ。今年の盆は三上の家は総出で実家に帰りそのまま家族旅行をしており、このマンションに帰ってきたときには次の日既に彼は武蔵森に戻らなければならなかった。
 だから、久しぶりの再会、のはずなのだが、その要素がまるでないのは矢張り長年の付き合いのせいだろう。

「じゃ、着替えたらマンション下集合で。ナベちゃんたちとの待ち合わせ11時15分だから、厳守で」
「へーへー」
「じゃあまた後で。お邪魔しましたー」

 扉を開けて、さっさと出て行くにはぁ、と三上は本日既に四度目になる溜息を零す。相変わらずのマイペースっぷりに、どこかチームメイトを思い出した……が、それは余りにもチームメイトに失礼なのでやめておくことにする。
 「亮ー、さっさと着替えなさーい」という母親の声が耳に届きながらも、三上はその視線を扉に向けたままだった。

「……変わってねーのは俺もか」

 いつの間にやら呼ばなくなった、互いの名前。それさえもくすぐったく感じる。早く行かないとナベは時間に煩かった筈だ、と三上は過去の友人を思い出して寝巻きのTシャツ脱ぎ捨てたが、無論母親に「ちゃんと洗濯機入れておきなさい!」と怒られたのは言うまでもない。

 幼馴染でいつの間にか好きになっていたなんていうベッタベタなオチなのだと人は言うかもしれない……が、少女漫画の世界のように相手のことを何でも知っているとは三上は思わない。無論それはもそうだろう。彼女には彼女の世界があり、彼には彼の世界がある。それだけのことだ。
 だから、変わらない彼女の呑気さだとかが多分好きなのだ、と一人呟いてみたが、予想以上の恥ずかしさで彼は口元を押さえ困惑気味に溜息を零す。
 そんなうだうだと考えていた結果、案の定10分遅刻し時間に煩い「ナベ」に怒られたのは言うまでもない。
 少女漫画のような、幼馴染が発展するのはさて果ていつの日か。


――
 2009.10.26



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