ロンドンの時計塔と言われると彼女にとって見れば「ピーターパンだ」と目が輝くものなのだが――……実際のところ時計塔からネバーランドにいけるわけでもないので、彼女はその世界を十分すぎるほどに堪能している。
回りにいる学生はを見ると一様に避けて通るので、仕方なしにその花道になった通りを歩いて行く。
これが、たまに自分も避けようとするとお見合い状態になり、奇妙なステップを築くことになるのだがその都度学生たちは怯えるような、心底嫌そうな顔をする。
その顔はまるで潰れたカエルのような顔であるが、口にすればまた何人を敵に回すのか分からないので、彼女は通りすぎていった学生たちを見送った後に大きな伸びをするのと同じぐらいのタイミングで忘れるようにしている。
「おい」
「? ああ、ウェイバー」
そんな彼女の奇妙な友人が彼である。……最も、この男は日本のことを余り快く思っていないのか、彼女に対して負の感情を抱いているのは一目瞭然だった。
だが、少なからず無視されるよりはいい。
怒り肩の彼に挨拶を交わすと彼は仏頂面のままに「何をしているんだ」と苦々しい声で尋ねてくる。
は少し首を傾げ――ああ、と手を叩き呑気すぎて呆れるほどの笑いを浮かべた。
「……ゴッドファーザーごっこ?」
「何いってんだ!」
彼女が血で血を洗うような聖杯戦争に巻き込まれたのを知っている人間は少ない。
ウェイバー・ベルベットが半ば無理矢理魔術師としての能力を学校で学ばせるためにと日本から連れて帰ってきた女、だとここでは扱われている。実際のところ、彼女には魔力があった。
けれど、同時に彼女が“この世為らざるもの”であることを知っていたのは、今のところ故人ケイネス・エルメロイ・アーチボルト以外と言われるとウェイバー・ベルベットぐらいになるのだ。
得体の知れない、どこの馬の骨かもわからない東洋人。
時計塔の学生たちの中で彼女は入学時点からすでに浮いていたのである。
「授業は?」
「概ね滞りなく。問題は、英語がわからないことかな」
彼女の言葉は辿々しい。
聞けば片田舎出身で英語なんて授業外で使うことも殆ど無かったのだという。冬木にやってきて聖杯戦争に巻き込まれても尚、彼女は矢張り英語は喋れないので日本語で徹していた。
幸い冬木市にいた人間は日本語を主体として話していたので難を逃れることが出来たが……そもそも魔術を行う者として、最低限英語は学んでおくべきことであり「喋れなくてはならない」ものである。
ウェイバーは腰に手を当てを見る。
「寮は?」
「んー、まぁ、そつなく? 皆私のことパンダぐらいにして見てるし」
動物園のパンダな気分。くくっと彼女は笑った。随分と意地の悪い笑顔である。
「そうか。あ、おい、僕はもう行くぞ、授業は出ろよ」
「授業よりだから英語が問題なんだってばー」
軽口を叩く彼女を他所に歩き出すウェイバーの手には分厚い本があった。
その本の存在には気づいていたが、敢えて聞くこともないだろう。
「そうだ、あまり術を放たないほうがいいぞ。封印指定されたくなければな」
「封印指定?私が?なんで?」
「馬鹿だろ、自覚しろ少しぐらい!」
そう言い残して彼は切りそろえられた髪をばさりと靡かせ、怒り肩で今度こそ去っていった。取り残されたは彼の背中を見送った後に、渡り廊下を軽快なステップで歩いて行く。
次の授業のことなんて彼女は当然頭の中に入っていない。
考えるのが面倒になった時、この場所が嫌になったとき、行く場所はいつだって一つだ。
ウェイバーに言えば「馬鹿となんとかは高いところが好きだからな」と全くをもってオブラートに包まない上に間違った日本語で言うのだろう。……イメージがつきすぎて、ぶは、とは盛大に笑った。
うん。以外と、しっくりくる。
「深呼吸、深呼吸」
呼吸をひとつすると、彼女はウェイバーとは反対方向へ歩いていく。
生徒たちは相変わらず彼女を避けるように体を捻らせる。……一様に目を泳がせているところもまた、同じだ。たまに、憐憫か侮蔑か、色々な感情を込めた人間の目もある。
魔術師にとって、“”という気配は「使い魔」に近く、人もどきの形をとっていることが余計に気持ちを荒立てるのだという。
「そんなこと言われてもなぁ、暴走しないのに」
少し刺がある言い方だったが、直ぐに「失礼しちゃうよねー」と虚空には話しかける。
当然答えは帰ってこないが――此処にもしいたなら、きっと征服王は歯を浮かべて同じように豪快に笑っただろう。そんな気がした。