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Pursuing My True Self

「本当の自分かー」
「何だ唐突に」

彼女の唐突にも程がある問いに思いがけず彼は視線を落とした。
目の前のテレビに視線を投げたままのは、あー、と曖昧な返事をしてみせる。
それにしてもでかいテレビだ。

液晶型の無駄にでかいテレビをバゼットが買ったというので来てみたら予想以上にでかい。
そもそもついこの前まで無職(働く意思はある)だった人間がよくもまあこんなにホイホイと買い物をしてしまうものだ。
頬杖をつきながらがそう言えば、ランサーがバゼットのアタッシュケースに入った金額をぼそりと教えてやる。
……もれなくその頬杖をついていた手が、ぱたんと落ちる程度の金額に彼女は唖然とした。

「すげーだろ」
「うん」

バゼットさんすごい。
何度か頷いた後、もう一度画面を見やる。大きな画面では何てことのない洋画が流れていた。
線路を歩く少年たちの姿は少しだけ物憂げに見える。

……ふ、と彼女はその手を液晶画面に伸ばした。
指紋つくぞーというランサーの言葉を他所に、近づけていくと、ずぶり、と音がする。案の定というべきか、彼女の腕はあっさりとテレビの中に入ってしまったのである。

「……なんだこりゃ。手品か?」
「うーうん」

ずる、と手を離せば画面は何事もなかったかのように展開を続けている。

「お前、つくづく変わりモンだな」
「いやこれは変な力だけどさ。そんなことより」

本当の自分って随分と性格悪いよね。
唐突過ぎる前振りに、もう一度ランサーは、はあ、と何とも言えぬ声を上げた。

「本当ねえ……お前は偽物の自分とか見たことあるのかよ?」
「あるよ」
「は」

彼女が彼女としてあるために捨てたのがここにいるなのだから、本人はあれは偽物である。そう言い放ったことがある。お互いに、お互いが「お前なんて私じゃない」と言い合い、そして暴れまわった。
は臆病な人間である。誰かに嫌われることを怖がり、誰かに否定されることを嫌がる。予定と調和。卒なくこなしては最も自分自身が何もない、孤独、そして気を使うことへの馬鹿らしさを気づいていながらも捨てきれずに居た。
故に生まれたのが自分である。人を気遣うなんて馬鹿らしい。皆滅べばいいんだ。
どいつもこいつもヘラヘラして内心では人のことを馬鹿にして、ああイヤダイヤダ。私だってお前らのこと見下してるってことになんで気づかないかなあ。馬鹿ばっかり。
皆皆ウザイナァ、■■■■■。
そうでしょう、そう思ってるでしょう。それが貴方の本心だもんね。

そう高笑いをしていたのは一種暴走に近いものだが、本心でもある。



……そこまでが言うと、ランサーは少しだけ驚いた顔をしていた。
眼の前に居る女がそこまでの暴言を吐いているタイプには見えないのだが、本人が言う限りそうなのであろう。


「……結構お前言うのな」
「押し留めるから、その部分が出ただけ」

本当の自分がどの自分か。
もうひとりの自分ではなく、ペルソナではなく「自身」なんてものがあるのか。にはわからない。自分はペルソナであり影であり、彼女の中のもうひとりの自分だ。
けれど、この経験はすべて「自分自身」のものである。
……では、そんな自分の、本当の自分は何処にあるのか。答えは見当たらなかった。
ぼやくように呟くと、ランサーは小さく笑ってさてな、とだけ返す。

そんなもの、彼が知るわけもなく。そんな彼の答えなど、が興味をもつわけもない。


「俺はここにいるお前しか知らないからな」
「うん」
「――俺はいいオンナってやつには縁が無くてな」

唐突に喋り出したランサーに、は顔を上げた。
彼の言葉を聞いてるとどうにもこうにも、励ましているようにも思えて仕方がない。下賜されたその槍は最もしなければならない相手を殺すことも出来ず。
そうして呼び出された先に居た主を守ることも出来ず、奪われた上での聖杯戦争。

「その主が、バゼットさん?」
「おう」

バゼットという女との接触は10日間しかなかったが、彼女は勤勉で堅物でそれでいて女としては極上であり、けれど性格は誰よりも仮面を被った女だった。
彼の言葉には首を傾げる。自分の知るバゼットと、彼の知るバゼットのイメージ像がまるであわないのだ。
じゅ、と煙草に火をつけ、くゆらせながら語るランサーを横にはただ黙って聞いていく。
彼女を突き刺した時のこと。相打ちになった時のこと。それは義理か、忠誠ゆえのことかは分からなかった。
けれど、彼にとってバゼットという人間はある意味でとても大切だということだけは分かる。

「恋人?」
「は?」
「いや、バゼットさんって恋人みたいなもん?」
「バカ言え、俺ぁ妻子持ちだっつーの」
「そーなの」

とてもそうには見えないからびっくりだ。
ケタケタと笑う彼女に生意気だと小突くと後ろから呆れたようなバゼットの溜息が聞こえてくる。
彼女の後ろには何故かアヴェンジャーが居て、随分と器用に彼が珈琲とそのお茶うけなのだろう、皿の上に乗っかったケーキを運んでくるとテーブルに並べた。

「珍しいな、ケーキとは」
「お客様が来るのに何も饗さないのは、家主として許せませんから」
「ウーソつけよォ、俺が言わなきゃ忘れてたくせに……っていって!いって!メリコンデルンデスケドー!シニマスヨマスター!」

メキメキと音を立てて、彼女の手がアヴェンジャーをまるでトマトを握りつぶすように掴んでいる。
……微笑ましい光景だが、血しぶきは御免被りたい。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる彼らを他所にはアップルパイをじっと見つめる。その視線に気づいたのだろう、ランサーはそのアップルパイを「ほら」と彼女に差し出した。


「え」
「違ったか?」
「ううん、ありがとう」

コーヒーに口をつけながら、大画面に目を向けるといつの間にチャンネルが変わっていたのだろうか。軽快な音楽が流れている。
アヴェンジャーが一度盛大な音を立てて倒れこんだような気がしたが、もれなく「総攻撃チャンス!」と立ち上がろうとしたのは内緒だ。
口にアップルパイを放り込むと、シナモンの味が一気に広がっていく。

「ランサー」
「おう?」
「もうちょっと、考えてみる」
「……おう。どうせ老い先短いんだ、精々がんばんな」

人生というのは一人欠けたところで、結局続いていく。
本来の自分から分離された自分。サーヴァントという英霊たち。マスターと呼ばれる魔術師に今までとは何もかもが違う場所にいても、存外人というものは不思議なもので、はここに来て慣れてしまった。


「あ、でも、浮気私は反対派だけど、神話って一夫多妻とかじゃなかったっけ」
「?確かに近親相姦や一夫多妻はよくある話ですが……何の話ですか?」
「そうなったら面白いかなーって話。ねー?」

ひょい、と小指を持ち上げては笑ってみせる。いつの時代の表現だ、それ。このガキ。
じろりと視線がそう訴えていたような気がするが、彼女は気に留めないようにしながらアップルパイのパイ部分を皿に食べていく。
相変わらず倒れっぱなしのアヴェンジャーに「食べないならケーキ食べて良い?」と聞くとバゼットはさらっといい笑顔で「どうぞ」と言い放ってくれるものだから、この主従は不思議な関係のようだ。

「ってーオイ!食べるっつーの!あー頭から血が出た、マジマスターホント加減知らないと俺死ぬよ死んじゃうよ最弱だからな!」
「もしかして私も倒せる?」
「いやそれはねーよ!」

サーヴァントだから!英霊だから!
大きなソファーに腰掛けてこの世全ての悪はごくごくとコーヒーを飲んでいく。混沌たる闇の如くただただ黒く沈んでいくコーヒー。
バゼットは味を気にしないのか、さくさくと自分のピーチタルトを口に放り込んでいく。

ゆったりとした時間が一瞬だけ流れたが、ランサーが思い出したかのように彼女の特技を説明され、渋々テレビの中に腕を突っ込むのを披露するはめになった。
本音を言えばおおー、と呑気に拍手をしないでいただきたい。


「あのさぁ、これ異世界に通じてるんだから危ないでしょ」
「異世界つってもなー、どこに通じてるんだ?」
「さぁ……」

シュークリームを食べながらアヴェンジャーは思いついたように「“ 王 の 財 宝 ”ゲート・オブ・バビロンの中だったりして」と言い出すものだから、もれなく笑ってしまう。
いやいやまさかそんな。
……ランサーと、バゼットと三人で顔を見合わせて今一度彼女は腕を突っ込み何かをバタバタさせる。何か一つでもつかめれば。そんな折、何かを掴む。硬くて、何だかわからない。勢い良く引っ張ると、どうやら剣のようだ。


「……あの赤い野郎の固有結界じゃねえのか?それ」
「いやあわかんないぞ、あの金ぴかの隠し持ってる剣の一つかも」
「おいちょっと。お前中入ってみろよ」
「嫌だよ!」

変な技披露するんじゃなかった。
ちょっとばかり後悔しながら、彼女はアップルパイの最後の一片をぺろりと食べきった。

2012.06.04
タイトル意:本当の自分を追いかけて
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