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Beauty of Destiny

―― 汝は我、真なる我


「……えっ」

彼女が起き上がったところは、いつも通りの稲羽市だ。
つい最近まで、霧に包まれていた街中は相変わらずちょっと寂れていて彼女にとって見れば何てことのない自分の街である。
ここを真っすぐ行けば、寂れた商店街があって、そこには酒屋があって呉服屋があって豆腐屋があって。
何てことのない、いつもの光景だ。


「……え?」

不意に、足が止まる。人が誰一人としていない街の真ん中でぽつん、と立っていたに声がかかるということは「誰か」が此処にいるということだ。
は止まった先を振り返るが、そこには誰もいない。
一種のホラー体験にぶるりと体が震えるが、もう一度、声は「」と彼女の名前を呼ぶ。
その声に、彼女は聞き覚えがあった。知らないはずの、懐かしい声。自分を呼ぶ声。
声の主は予想外に傍に居た。





「――ようこそ、ベルベットルームへ」


引っ張られるようにして蒼い空間の中に、アッシュカラーの髪をした学ランの青年が彼女の隣に立ち、鷲鼻の老男と、金髪金目とそれに似合ったブルーの服を着た女が座っていた。
何が何だかわからないを他所に、目の前のアッシュカラーの男は懐かしそうに彼女を見つめる。
……この男に、彼女は見覚えがあった。先ほどの声は、確信は持てないが“彼”のものだろう。

「君、は――」

知っているのに、出てこない。
■■■■くん。彼女の唇から確かに彼の名前が出たのにも関わらずそれは言葉にならない言葉として消えていってしまう。
男は真っ直ぐ立ち、金髪美女に話を促すように手を動かす。
彼女は持っていた本を開くと――……自然と、老男の周りに20枚のカードがバラバラと光と共に現れてくる。突然の幻想的空間に何事か全くわからないは身構え、そして自分のポケットの中に入っていた何かに気づく。

「……ハンカチ……?」

何の変哲もない、真っ白なハンカチだ。レースがあるわけでもなく、刺繍が入っているわけでもない、シンプルすぎるといえばシンプル過ぎるそのハンカチに、思わず首を傾げる。
こんなハンカチを持っていただろうか。
の疑問は直ぐに解消される。ハンカチだと思っていたものはキラキラと姿を変え、長方形のカード状になり、そして青年の手に行く。まるで手品のようなその流れに驚き声を上げれば老男はヒッヒッヒ、と小さく笑った。指を動かすと、青年の手から老男の前へ移動する。
男は、笑い、素晴らしい、素晴らしいと手を叩く。老紳士の表情がつかめず思わず彼女が一歩後ろに下がると男は静かに彼を見つめ返す。

「神なる存在をも退け、貴方は新たなる“世界”を導いた」

かちり。一つ音がした。
思いがけない音には瞬きをし、その音に耳を立てる。

「貴方が大切な人々と絆を気づき、真実へとまた一歩近づいていく」

かち、かち、かち。
男が喋る度にの心は何かに震え、そして何かを訴えようとする。男の服をぐいと引っ張ると、男の服が漸く地元の――同じ高校であることに気づく。
彼を知っている。間違いなく、は彼を知っていた。

「ナ■■■君」

鷲鼻の男は、まるでを無視して青年に語りかける。旅路の真の終点へと近づいていく。契約は完了した。淡々と、静かに。


――ぱちん。
もう一度した音に、は彼に対して腕を引っ張った。

「■■カ■君」

男は、彼女の頭をくしゃりと撫でると何かを言う。は思い出せないもどかしさからグイグイと彼を引っ張ると郎しんしの机の上にあったカードが一枚だけ、拾い上げられてきらりと輝く。
ワイルド。
そう誰かが呟いた。


「……■■カミ君」

我は、汝。汝は、我。真なる我。
漸くは導かれるようにして手を離した。
行き至った答えがある。そうだ、彼女はもう一人の自分と共にあった、そして、“私”という存在は――……

「我は影、真なる我。――我は、の、ペルソナ」
「ああ」
「……ナ■■ミ君は、最後の最後まで私に迷惑かけられちゃったね」

彼女は、の一部だ。彼女の見たくない部分。抑えたい部分。
それがすべて“この部屋にいる”だ。
何故この部屋に来られたのか、それはにはわからない。けれど、目の前に居る、と共に一年間過ごしてきた青年――ナ■カミ■■は静かに彼女に対して微笑んでいた。
ペルソナとしてのカード。そして、とのコミュ。
戦い、真の敵とも戦った、そして今――まさに今、倒した。あの場所で。

「ナ■カ■君は知らないだろうけれど、私、貴方のことが好きだったんだよ」
「知らなかった」
「うん、だと思った」

認めた上で、彼女が口に出さない部分を受け取った。
はずんずんとベルベットルームの中に進み、女の反対側に座ると男に笑いかけた。
先程までのおどおどした雰囲気は皆無の、胸を張った、随分と偉そうな態度である。

「ナルカミくん」

かちり。
それは、彼女の中でのパズルが当てはまった音だ。
妙に納得して、は吹き出しては大笑いしたくなる気持ちをどうにかこうにか抑えた。
そうだ、彼はナルカミだ。ナルカミユウ。それが彼、番長こと稲羽市を救った青年の名前だ。
男は小さく頷いて、ベルベットルームの主――イゴールに導かれるように光りに包まれていく。

「良かった」
「……え?」

の話も、聞けたから。そう言い残し、彼が手にした世界へと、彼は静かに帰っていく。

素晴らしい明日へ。
彼女が行き着けるようで、行きつけないあの場所へ。

それが羨ましくもあり、寂しくもあり、けれど喜ばしくて、は笑った。最後の最後に、鳴上悠は笑って片手を上げたように見えたけれど……真相は、分からない。




取り残されたのは、と、イゴールと、そしてと同じ金色の目をしたマーガレットのみ。
霧は晴れ、彼女が名前の呼べなかった鳴上悠は仲間たちとともにその世界を目に息を飲んでいる。部屋の中でその後ろ姿を見て、ほっとしたようには小さく笑った。
彼の隣には真なる彼女、自身が居る。彼女の中にある自分が乖離してここにいることは不思議で仕方がないが、彼女の感情として流れ込んでくるものは悪いものではない。

「貴女は、あのお客人と同じく、様々な交友を含め、経験し続けてきた」
「それは、ナルカミ君が2周目だったからでしょう?」

彼女の問いかけにイゴールは笑うばかり。マーガレットもまた、しかり。
二周目という言葉に彼女は今まで一年間付き合ってきた彼との交友関係が少しばかり色濃いことを感じて妙にしっくりきた。彼は初対面からどこか面白い人間ではあったが、二周目と考えれば――道理で選択肢に迷いが無いわけだ。
がこの世界に違和感を持ったことはない。何時もと変わらずという人間は日々を楽しく謳歌し、日常のちょっとしたところから人に見せたくない面を隠し、いつもと変わらぬへらへらした笑いを見せている。仮面をかぶって、そうしてテレビに突っ込まれ、“マヨナカテレビ”の世界の中へダイブした。
そうしてもう一人の自分――と、が自己面談をする羽目になったのである。正確には鳴上悠や彼の友人であり仲間たちも含めた保護者会に近いものだったけれども。思い出す度になんだか笑えてきて、すべてを認めて受け入れ、かつ鳴上悠との親睦を深めた「同じ」を少しばかり羨ましく思う。
二周目、ということは自分もまた二周目である。
ぼんやりと自分のことを思い返してみるが、妙に霧がかかっている為か、上手く思い出せない。
ただ分かるのは“こうはいかなかった”ことだけは確かだ。
マヨナカテレビの中も、霧が晴れるなんて。嘆息じみた吐息を漏らすとベルベットルームに笑いが木霊する。


「お忘れでしょうか、貴女もまた、客人であるということを」
「――は?」

イゴールの言葉に思わず首を傾げた。はカードの一つだ。
少しずつ、彼女の頭の中にかかった霧が晴れてくる。彼女は「そんなはずはない」と言いながら首を横に振った。
”はあくまでも塔のコミュの一つにすぎず、同時に彼女が「いなくても」物語は進んでいる。
めくられたのカードに「」は随分と驚いた。
一周目では自分ではない人間が選ばれたカードだ。 そうだ、彼女は1周目では「戦い」にも出ていないし、「真なる我」である今この場所にいるとも対面していない。
彼女は「物語から外された人間」として、1周目は其処に居た。

けれど、今こうして自分がここにいることへの違和感を感じながらも、妙な納得感。
じっとが見つめているのをマーガレットは小さく笑った。光に包まれ、彼女の本の中で塔のカードは落ちていく。


「さぁ――貴女の旅はこれからです」

きらきらと、新たなカードが彼女につきつけられる。
は気づいていないのだろう。その瞳は既に――「真なる我」である元のの色であることに。
すうと、目を細めると霧の向こうに居た“自分自身”が此方を見ているような気がした。
……ああ、私はもう大丈夫だ。

妙な納得感に、良くわからない笑いがこみ上げて、彼女は腕を伸ばした。
それは、いつも鳴上悠がやっていたのと同じ行為だ。まるで握り締めるようにカードを掴むと、自然と言葉が落ちてくる。
もう、行かなければ。

「――それでは、良き旅路になりますよう」
「お気をつけて」
「貴女の選んだ道は険しいでしょうが――先のお客人を見ている貴女ならば…………」


どんどんと声が小さくなる。
やがて、何も聞こえなくなり――自然と、は目の前の光の先にあるそれを握りしめようと手を伸ばした。どこか自分自身と向き合う、ペルソナとの戦いを思い出させてくれるものだから、は小さく笑ってしまう。倒されたのは自分であり、倒したのもまた自分だ。
どちらでもあり、どちらでもない。私は私である。
伸ばした先にあった光の源は、かの部屋にあった鳴上悠が持っていた「ワイルド」と同じカードだ。
可笑しい。
彼女は決して「イザナミ」とは顔を付き合わせていない筈なのに。そして、「内」の存在だからこそ、外側の人間とは違う。
ぐるりと振り返れば、蒼いあの空間は無くなっていて、光のずっと先にナル■ミの姿が見えた。
……ああ、先程やっと思い出したのに、また言えなくなっていることに彼女は言葉を失い、何度か彼の名前を読んでみる。

「ナル■■くん!」
「――■■カ■くん……!」

最後には雑音に紛れて、言葉は消えてしまう。
ふ、と誰かの視線を感じてはもう一度だけ、彼の名前を呼ぶ。

■■■■くん、■■■■くん。
ざざざ、というノイズ音ばかりが反響して――彼女の言葉は言葉にならない。

けれど、その名前はもう、消えてしまったけれど。
静かに誰かは笑っていたような気がした。


いってこい。


妙に反響して彼女の耳に残った。
希望。そう呟いて彼女はもう一度だけ、歩き出す。
光の向こうの出口は相変わらず見えないけれど、何があるのかわからないけれど、大丈夫だと「彼」は言う。
……彼の言葉ならば、信じられるような気がした。



……そして、次に彼女が目にした世界は、驚くべきぐらいに普通の、稲羽市よりも少しばかり都会で沖奈市と余り変わらない都市の駅前だった。



「……やば、どこここ」

顔をひきつらせた彼女が呆然と立ち尽くしたまま、携帯電話を危うく落とす羽目になったのは言うまでもない。

2012.06.04
タイトル:運命の美しさ
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