金ぴか佐藤事件
第一に兄弟とは現代に生きる全く普通の、普通過ぎる兄と弟である。
別に世界一有名な配管工兄弟のように攫われた桃姫を助けに行くわけでもなく、どこにでもいる、一般家庭の一般的な普通の兄弟である。
兄は高校生。弟は中学生。兄はインターハイに出場するわけでもなく、精々都大会第三回戦止まりのバスケ部。弟は合唱部。どこにでもいる、ありふれた風景だ。
……彼らの生活が一変したのは、明らかに「金ぴか貞子」と彼らが称した金ぴかに尽きる金ぴかがテレビからやってきたことである。
「……俺はこれを、金ぴか貞子事件だと思っている」
「意味わかんねー」
兄と同級生である佐藤は持っていた苺味の飴をゴロゴロと転がしながら相槌を打った。兄ことはだよなあ、と肩を落とし、持っていた数学のノートを捲りながらボールペンをぐるぐると回す。器用に回し、ノックを一つ。
数学Aのノートには数式がずらずらと並べられているが、その横にいきなりはボールペンで何かを書き始める。
家、という大きな括り。そこに兄、弟と並べると矢印で「テレビでゲーム」と書き連ねる……佐藤君が呆れた目を此方に向けたのは敢えて無視しておこう。そこに、ボールペンの色をくるりと変えてテレビから金ピカと追記。これだけ見ると何が何だかわからない。
「……つまり、なんだ、その金ぴかは何しに来たんだ」
「知らねーよ……貞子みたいにのっそりのっそり出てきたんだぞ、液晶画面から」
「お前んち、まだアナログだっけ」
「ちげーよ!」
佐藤は喉を震わせて笑うものだから、は頬杖をつき溜息をこぼす。そんな時、クラスにどよめきの声が沸いた。
女子の黄色い声と、男子のまるで漫画のようなざわめきに佐藤は何事かと顔を上げる。はそんな佐藤を他所に金ぴか貞子めえ、と恨み節を全開に文句を連ね、何度も何度も同じ最終的に溜息を零し続け……おおよそ、三回目程になってからだろうか。
佐藤が随分と顔色が悪い。
「……んだよ、どーした」
「……おい、」
その一声までに随分な溜めがあったが、が彼を見るまでにかかった時間は30秒弱。それまで彼はゴロンゴロンと何度も何度ものた打ち回り、そして溜息を繰り返していた。
佐藤の表情にが驚き立ち上がると彼は真っ直ぐに指をクラスの外――廊下へ指した。
どよめきは先程よりずっと大きくなっている。女子がたまに倒れるのではないかと思う高い声を上げているせいで、は益々頭が痛い。
「……なんだよ、佐藤」
「金ぴかだ」
「……はぁ?」
金ぴかが来た。
金ぴかというキーワードには今の今まで考えていた悩みの種のことしか出てこず、何を言っているのだろうと少々呆れた目で佐藤を見つめると佐藤は「マジで金ぴかだ」と苦く声を上げた。
……次の瞬間。
彼らを挟む机にボールペンが突き刺さっていた。
「っぎゃ―――!!」
「うわ、うあああああなんだなんだよ佐藤置いていくなよ!」
かけ出していった佐藤は振り返ることなど一切合切なかった。
突き刺さったボールペンはそもそも誰のものかもわからない……が、目の前に居るびっくりするぐらいに金ぴかの甲冑を着た男が投げたものだということぐらいは、流石にでも分かる。
もう嫌だ。つぶやきは虚空にかき消される。どうやら男子女子問わず騒ぎの元凶は彼のようだ。
「何してんだよお前!」
「雑種兄、貴様弟の部屋にあったゲームを知らぬか」
「……は?ゲーム?」
「こう、平べったくて開く式の……攫われた姫を助けに行くやつだ」
世界で一番有名な配管工か、はたまた緑の帽子に金髪少年の伝説か。はたまた和風の風来の人間に与える試練か。
……どちらにしても、このやろう、と思わずは彼に言ってやりたくなった。
「知らねーけど……PS3んとこに一緒に置いてあるだろ、DSぐらい」
「ない!くそ、あの亀め我の行先をジャマしおって……」
彼の要求の品は世界で一番有名な配管工か。
そもそも仕事しろニートやめろ働け……なんて、言ってみたい気もするが、多分無駄に終わることをは知っているので何も言わないでおいた。触らぬ神になんとやら、である。しかも相手は英雄様だ。一般男子たる彼に勝ち目は皆無である。
「……まぁよい、雑種弟がもうじき帰ってくる」
「え、何あいつ早退?」
「うむ」
ジュケンセイなので忙しいらしい。彼は淡々とそう言うと、瞬間的に服装を至って現代的な私服のような学ランのような姿に変えた。その早業に周囲の男子のどよめきがよりいっそう大きくなる。はこめかみを抑えながら【出来るなら最初からやれ……】という意味を込めた溜息を零した。
「ではな、我は帰る」
「あー……おう」
「それと、テーブルの上に紙の束があったが、あれは貴様のではないのか?」
ではな。
そう言い残し、彼はさっさと去っていった。
取り残されたは紙の束というキーワードが引っかかり考えこむと……思い切り立ち上がり、意味を理解して絶望する。そうだ、机の上に、確か置きっぱなしの――……。
「日本史の課題レポートのことかー!」
まるで某国民的漫画の主人公が戦友を殺された際に怒鳴った時のような台詞である。そんな彼の断末魔はクラスに響き渡るけれどギルガメッシュには届くことはなく――……。
ゲームの場所を聞くくらいならついでに持ってこいよという彼の的確過ぎるツッコミも聞いてもらえることもなく、ただ締切日が今日である日本史のレポートを昼休みに彼はダッシュで家に取りに戻ったという。
これが、俗にいう「金ぴか佐藤事件」である。
2012.06.08