おひとりティータイム
この世界に満ちているものの幾つかの中に、たまたま彼女がいて、たまたま生きているというだけのことだった。親がいないことは不便ではあったが、困りはしていない。
ただただ、静かに日々が流れていくのを見ていくだけ。
にとっての生活が変わったのはここ数日だ。ランサーと呼ばれる男が家に乗り込んできたのである。彼女にとって、男は随分と踏み込んでくる感覚が早く、振り回されずには居られない。
男は言う。俺の知り合いにオマエはよく似ていると。
それがどんな人間でどんな関係であるのかはには分からない。
……が。
今眼の前で、フライパンの上を卵を滑らせオムレツを作っている様はが普段しない「人間」の生活そのものである。
ランサーなんて何処からどう聞いても胡散臭い偽名であるにも関わらず、男が持ち得ている不可解な雰囲気に絆され、彼女は今目下、この男と不可思議な時間を過ごしているのである。
オムレツと、先日作ったと言ってランサーが出してきたキッシュは随分と綺麗な形をしており、男の料理というよりも繊細な女性、もしくは片田舎の料理に相応しい。
「似合わないね」
「そうだな、俺もそう思う」
だが、自炊は出来るさ。ランサーは彼女の向かいの席に座ると、の言葉を待つ。
彼女の食事は日本人の一般的な「いただきます」と同じ流れである。両手を合わせ、揃っていただきます、というと彼女はオムレツを切って口に放り込む。
バターで作ったであろうオムレツは、西洋人であるランサーが作ったものにしてはとろとろの半熟であり、中に入ったチーズがフォークで切った際にわずかに形を崩し身を乗り出してくる。
上にかかったケチャップと粉チーズが更に絡まって、口に放り込めば、じんわりと熱で舌の上を滑り落ちるように味が広がっていく。
「……ランサー」
「ん」
「……ティータイムは、一人より二人のほうが楽しいわね」
のスプーンがオムレツを割っては口に運んでいく。
……彼女はこの時顔を上げないように極力勤めながら、オムレツを食べ進んでいたが、向かいの席で同じように食事をとっているランサーが笑っているのを耳で感じ取り思わず頬が染まっていくのを感じた。
普段なら何てことのない、一人での食事が当たり前だった彼女の世界が、急速に色づいていく。
「ケーキの味の希望は?」
「そんなもの……冷蔵庫にもらったタルトがあるからそれでいい。御飯のあとね」
「食後のティータイムにな」
楽しみだ。
上機嫌に笑ったランサーに、アルエットは気取られないように、もう一口オムレツを食べていく。
じわり、じわりと、まるで彼女の心を溶かすように――……オムレツは、口の中で静かに広がっていった。
2012.06.24
おひとりティータイム
(ひとりぼっちが当たり前だった)