スタンダード・ロンリーガール
聖杯戦争というものをは理解しているようで微塵も理解していない。取り敢えず分かるのは「殺さなければいけない」ということと、「目の前の男は協力者である」ということだ。
巻き込まれる体質なのは生まれ持ったものであり、何かにつけてトラブルに巻き込まれているのは今更だからある程度驚きはしなかった。
けれど、まさか人間同士の殺し合いに加えての英雄たちの代理戦争に巻き込まれるとは到底思いもしなかった。しかも、目の前に居るのはかの有名なロビンフッドと来たものだから余計に驚きである。ロビンフッドと云えば幾つもの小説で出てくる緑色のコートに羽の帽子が印象的な英雄だが……を目の前にして少々気だるげに周囲を見渡している男には羽根の帽子もない。
「ロビンフッド、あなたが?本当に?」
「なんだ、わかってて呼び出したんじゃないのか……ってそうだった、あんた何もわかってないんだったな」
聖杯戦争のシステムも、現状のことも。
そうぼやいた男には「分からないけれど」と付け加えながら自分の瞳をそっと押さえる。データで書かれている文字はまるでゲームのステータス画面のように目の前のロビンフッドを映し出す。
息でさえ凍るような、突き刺すような寒さには首を竦めながら男に問う。あなたは、じゃあどうしてこの召喚に応じたのか、と。ロビンフッドは答えなかったが、暫く考えて彼女の肩を軽くぽん、ぽんと叩いた。
「まぁ、色々だな」
「色々?」
「そう、色々。……さて、んじゃまずはこれからのことを相談するっつーことで、座らせてくれよ」
外でそもそも何故召喚なんてものを彼女がしたのか、彼は問うことをしないでおいた。
魔力こそはあるものの、彼女はとてもじゃないが魔力コントロールが出来る魔術師には見えない。至って普通の、彼の知る「一般人」だ。水道から流れ出る水のように体内から溢れ出る魔力は実に勿体無く、それでいては何も意識をしていないようだった。
「なぁ、マスターさんよ」
「でいい。くすぐったいから。で、なに?」
「あんた、魔術師だよな」
確認するように問いかけると、彼女は少しだけ目を泳がせて、ああだのううだのいいだの答えながら彼に背を向けてしまう。
……見るからに、どう見ても、怪しいのだが。マスター、と彼が問いただせば泳がせていた目を伏せて、は「たぶん」とだけ繰り返した。
うわ言のように「でも」とつぶやいている姿からはとてもじゃないが彼の知る魔術師とはどれとも違っていた。もっと、魔術師というものは堂々としているものではないのだろうか。過去の並行世界で呼び出してきた老いた狙撃手を思い出し、同時に照らしあわせてみると、まるでとはかすりもしない。
「もしかして、得意なのって強化系とかだったりするのか?」
「あ、ううん、そうじゃなくて」
彼女は諦めたように話し始める。
魔術を魔術として知らないで使っていたので、周囲の人間から驚かれ、距離を取られて現状があるという。要するに、彼女は爪弾き者ということだ。そこでようやく彼はが自分を引き当てた理由を把握する。結局自分と彼女は似たもの同士ということだ。
「まぁ、じゃあ似たもの同士ってことで、ひとつ頼むぜ。後、あんたの望みはなんだ?聖杯に何を望む?」
「聖杯……なんだっけ、なんでも叶えてくれるもの、だっけ」
は暫く考えた後に、ぽんと手を叩いて笑ってみせる。先ほどの緊張感とは打って変わった、朗らかな女性らしい笑顔だ。
「いろんな世界を見てみたいかも。ロビンフッド。あなたとか、ええと、他のサーヴァント?とかの」
「……俺のところなんか来てみても、楽しかぁないぜ。他の奴らもそうだ。やってることは殺し合いだし、そんなこと願ってどうする」
「願い事って言われても、早々すぐ出てこないよ」
彼女の言葉の裏を取れば、「この世界に未練などない」ということになるのだが、どうやら彼女はそのことに自分自身が気づいていないようだ。
短絡的で、したたかだが、悪くはない。
思わず口元をロビンフッドと呼ばれる男は綻ばせた。
「――まぁ、物好きに当たったってことにしておくかね。マスター、一応言っとくがあんた、変わり者だな」
「そうかな」
「少なからず、俺の知る範囲内では、な」
卑しくて強かで、物陰に隠れて敵を狙う弓兵にはお似合いなのかもしれない。
そう思う一方で、彼女はどうにも聖杯戦争というものへの自覚が足りないのか、現実を把握できていないのか「そう」だの「ふぅん」だの返すだけでこれといって大きな動きをするわけでもない。
「ええと、じゃあ、はい」
すっと彼女は手を差し出して、へにゃりと気の抜けるような笑顔を浮かべた。
その手の意味が分からずロビンフッドは硬直するがすぐに彼女の「握手」という言葉に釣られるようにして、手を差し出す。その両手を彼女は強く掴み、何度も何度も上下に揺れ動かした。
大人びているのか、子供っぽいのか、明るいのか良くわからないマスターではあるが――どうやら、彼は歓迎されているらしい。
「よろしく、ロビンフッド!」
「……ああ、よろしく、マスター」
2012.06.17