時には昔の話を


「神話の話とか、俺全然詳しくないんだけど」

ボールペンを転がしながらぼやくにバゼットが「いけません」と叱咤の声を上げる。
魔術師としてやっていくのであれば、そしてサーヴァントのシステムを理解するのであれば神話、英雄伝は認識しておいて損はない。

「っていってもなあ、俺はマスターでもなんでもないわけだし」
君」
「すいませんっした、真面目にやります」

ぐっと拳を作ったバゼットに慌てて教科書を手に取ると、彼女は静かによろしい、と綺麗な笑顔を浮かべた。
それにしてもこの女……変わり種である。
の回りにいる女性といえば気の強い女たちが多いが、その中でも彼女はとびきりの美人で、とびきりの変わり者の外人だ。

本の中にいる英雄は英傑たちをどんどんと集めていく。それにしたって神話の神々というものは色を好むのか、近親相姦の嵐だ。
夫婦関係を図にしてみたらとんでもないことになっていく気がしては思わずバゼットに尋ねてみると、彼女は随分あっけらかんと「そうですね」と答えた。


「……三国志とかさー、信長とかさーゲームならいいんだけどなー。アーサー王とかマジアニメ映画のイメージ」

王様の剣だよな。金髪の。
彼は自分の部屋にある子供の頃何度も何度も見た映像作品を思い出し、次にセイバーを思い出す。……彼らは微塵もイコールではむすびつかない。子供向け番組といっても無理がある。
バゼットは飽き性のに仕方なしとばかりに溜息をつく。

「……あ、じゃあさァ、バゼットが話ししてよ」
「……はい?」
「だって、バゼットってランサーのマスターなんだろ、元」
「今もです」

元、という言葉に過剰反応した彼女に両手を上げて悪い、と付け加えつつ彼は物語をねだる。彼らの主従関係は奇妙な関係ではあるが、確固たる信頼がある。バゼットにとってのランサーがそこまで値する英雄であるのであれば、話を聞いてみたい。まるで子供のように目を輝かせたに、バゼットは小さく笑った。
まるで小さな弟が出来たような感覚だ。十代も後半の男子に向かって「小さな」といえば間違い無く彼は拗ねるであろうが、彼の発言はどう考えても小学生のそれと大差ない。


「では、クーフーリンの話をしましょう、といっても本人に直接聞くべきであるのではないかと思うのですが」
「やだよ、読み聞かせならキレイな人のほうがいいもん」
「……聞く気がないならやめますよ」

ぽんぽんとかわされる言葉を横目にしながら士郎は苦笑いをしつつ、彼ら二人に茶を淹れながら彼もまた、耳を澄ませた。
バゼットはよくもまあその長い物語を覚えていられるものである。彼の伝説の中でも有名なエピソードを取り上げ、青い髪をしたクランの猛犬について語り紡ぐ。
そして、士郎とは伏目がちに語られる彼女の表情がまるで恋をしたような乙女の顔であることに驚きを隠せなかった。

彼の最後の死に様は華々しく、そして自らの誓約からのことだった。
は語り終えたバゼットに小さな拍手を送り、微妙に涙を流しながら「あいつそんな大変だったのか」とまるで苦労話をテレビで見て感動するかのように呟いた。
……一方で士郎はすでに一度当人から話を聞いている以上、そんなに感動もせず、ただバゼットがいかにその英雄に対して信仰心にも似た憧憬を抱いていたかを感じ取り、驚かずには居られない。
彼女は彼のことを「相棒」として、「従者」として、信頼していたのだろうか。それとも故郷の英雄たる彼への尊敬から、仲間として共にあったのか。抱いていた感情は何だったのか。


「バゼットってさぁ、本当にクーフーリン(ランサー)のこと好きなんだな」
「えっ」

思わず呟いた言葉に、彼女は大きな瞳をより大きくさせた。無自覚だったのだろうか。驚き、そして直ぐに彼女は頷いてみせる。きらり、とその大ぶりのピアスが揺れた。


「私にとって、子供であれたのは彼の物語を前にした時だけでしたから」
「……つまり、なんだ? ランサーってば無自覚に光源氏計画してたってことか」

なんでさ!と、思わず士郎が言いそうになるが……成る程あながち、彼女の場合間違っていないのかもしれない。
朱に頬を赤らめ困ったように彼女は何かを考えている。

「俺も英雄呼びてえなー」
「聖杯戦争が終わった今、必要ないだろ」
「それもそうか」

頷き合う二人の少年を他所に「光源氏計画」だの何だの言われてバゼットは困惑を隠しきれていない。彼に対して憧憬を抱いているのは、別に、恋情とかそういった類のものではない……とは思っているのだが、どうやら周りはそうとってくれないらしい。

「あの、君」
「ん」
「私は、その、別にランサーのことは」
「俺がなんだ」

タイミングがぴったりなのはお約束と取るべきなのだろうか否か。
飄々とした素振りをで現れた光の御子ことクランの猛犬に思わずバゼットはフラガラックを振り上げそうになった。……流石に死ぬので辞めてあげてほしい。
はくつくつと二人のやり取りを見つつ、持っていた本をじっと見つめてみる。
憧れの英雄。士郎がセイバーで、バゼットがクーフーリン。イリヤがヘラクレスで、桜がメデューサだというのであれば。

「俺もさー、ギルガメッシュとかお呼び出ししたいなー」

……みしり、と空気が死んだことに気づかずには鼻歌でFF5のBGMを口ずさんだ。
彼の「かっこいいギルガメッシュ像」とあの金髪赤目の男はどうにもこうにもイコールでは結ばない、らしい。
知らなければいいことも、世の中にはある。バゼットと士郎は思わず憐憫の目でに目を向けていた。

「後俺関羽呼びたい関羽。あ、でも孫悟空でもいいな、オッス!おら悟空!」
「悟空違いだろそれ!絶対来たら勝てないだろ!」

魔術師に為ろうとしているというよりもジャンプ読者度が益々増しているような気がするが――……敢えて、そこは知らないふりをしよう。
アヴェンジャーがバゼットの後ろからひょっこりと出てきて聞こえないように「あいつ、馬鹿だろ」と呟いたので、バゼットは苦笑いだけを落とすことにした。

2012.06.09
無限のム / 背中で見送るのが男ってもんだ