サヨナララバイ
目覚めたのは思ったよりも早い時間だった。
時計の時刻はAM4:29と表記されており、の視界は思った以上に、普段寝起きの悪い彼女からすればありえないほどにクリアに見える。
体をゆっくりと起こせば、まだ肌寒く、鳥肌がたつのを肌で感じる。立ち上がり布団を畳むと、カーテンを開いた。
雨の音が淡々と静かに響き渡る。
「――……」
絶好の旅立ち日和、とはどう考えても言えないのだが、まぁしかたがないだろう。
服を寝間着から普段着に着替えると、は部屋の片隅に置かれた小さな鞄を手に取り、部屋を出る。
元々部屋にあるものも少ないためか、彼女が去った部屋はがらんとしている。……部屋を振り返ってみた時、どこか少し寂しい気がしては小さく笑った。
そこから、未だ眠っているであろう友人を起こさないように物音を立てないようにして家を出ると、空は矢張りというか、灰色で太陽を隠し切っていた。
鈍色の空を睨めつけながらも透明のビニール傘のボタンを軽く押すと、力に反応してばさりと傘が開かれる。
未だ朝早いためだろう。
冬木市はまるでその名の通り――冬の如く、静まり返っていた。
傘を叩く雨音をBGMにしながらはその足取りでまずコンビニに寄ると、朝ごはんにコンビニおにぎりとペットボトルのお茶を購入した。
がさがさとビニール袋を鳴らしながら、ゆっくりと歩く。
まるで街を見て回るように周囲を見渡していく。柳洞寺の階段を登り切ること無く、見上げるだけの形にして直ぐ次の場所へ。何度かそれを繰り返した後、一つの大きな橋に差し掛かった。
新都へと歩き出していくと、そこに雨の中だというのに傘もささずに、かつ鈍色の空をバックにしながらも派手な色をしたアロハシャツを着ている男の姿がある。
「おう、来たか」
コーヒーと煙草を吸っていたのだろう、空っぽになったブラックコーヒーの中に煙草を突っ込んで、彼は少しばかり笑って手を上げている。
ぱっと見はこれでもかと言わんばかりにチャラい……というか、ヤンキーのようだ。
は傘をくるりと小さく回した後、再び止まった足を進め始める。真っ直ぐに橋を渡って行くと真ん中ぐらいに居た男は少しだけ姿勢を正して彼女を見つめ返してくる。
やがて、は男……ランサーの前に立つと爪先から上までじっくりと彼を観察し、大袈裟な程の溜息をついた。
雨音が少しばかり激しくなってきているのだというのに、男はまるで濡れている様子はない。
「風邪ひくと思うけど?」
「英霊に風邪も何もねえだろ」
「そういうものなの?」
そういうもんだ、と彼は屈託なく笑った。その横を彼女はゆっくりと通り過ぎる。透明なビニール傘を、雨が叩く。
現界した彼の髪、頬、肩は雨に濡れていたが、自然と不快感のない表情にも思える。
「見送ってくれるの?」
「バカ言え、俺も帰るんだよ」
男ってのは、背中で見送るもんだ。彼の言葉には思わず吹き出して笑う。男というものはこういう者たちばかりなのだろうか。
……だが、哀愁ただよう別れよりも、ランサーの言葉はとても「彼らしい」に尽きる。
「そう、それじゃあ」
「ああ」
彼らはお互いに振り返ることもなくのんびりとした足取りで歩き始めた。
は新都の駅から、新たな旅路へ。ランサーはこの冬木という土地へ。
アヴェンジャーあたりが見ていたら「人の状況パクんな」と文句をいいそうだが……ここには誰もいない。
ただ、雨が彼ら二人を分つように、遮断するように幾重にも降り注いでおり、それを豊穣の祝福たる雨と取るのか別離としての哀愁の雨と取るかは、彼らにしかわからないことだった。
……だが、二人揃って口元が緩んでいたので、悪い面ではないのは確かなようだ。
―― そうして、また1日が始まる。
2012.06.09
無限のム / 背中で見送るのが男ってもんだ