ハッピーアワー
安らぎを求めて港にいったところ、ランサーに絡まれた。
家にいれば桜に劣等感を刺激され、あの場所では要らない人間扱いされる。……思い出すだけでも気分が悪い。ち、と舌打ちすると、偶々その瞬間を目撃された。ああ、今日は厄日だ。間違いない。しかもその女に見覚えもある。
「何だよ、か」
「なんでここに?」
珍しい。少し驚いたように彼女は此方へやって来る。
新都の駅前の本屋で買い物でもしたのだろう、彼女の手には書店名が書かれたカバーの施された本が二冊ほど収められている。
「なんだよ、僕は今忙しんだ」
「あ、うん」
同意とも言い難い返事を返すと慎二には思い出したかのように口を開く。
「間桐くん、推理得意?」
「オマエ、僕を誰だと思ってるんだよ」
僕に解けない問題なんかあるわけ無いだろう、腕を組み顎に手を当てた慎二に「じゃあ」と彼女は手元にあるカードを彼に差し出した。
不可思議な記号が羅列されている。
法則があるわけではなさそうで、ヒントも特にない。ただぱっと見て子供の落書きのようなものに成り下がっているカードだ。
これが何だと慎二がに視線を送ると彼女は考え込みながら「実家に投函されてたんだけど、これで四通目なの。流石に薄気味悪くて」と答える。
いっそそれはただのストーカーか悪戯だろうと切り捨てることも出来るのだが……基本、間桐慎二という人間は一部女子を除き女性には優しい。この「除き」の部分にも該当するのだが、不機嫌の原因が本日は別にあるのでいいだろう。
加えて、いい暇つぶしができそうだ。
彼はカードを裏面にし、透かし、そしてじいと視線を送る。
「何か、意味があるかな」
「……おい、、お前この他のカード持ってんだろ?よこせよ」
「家に戻ればあるけど……じゃあ明日にでも学校で」
「ハァ?何言ってんだお前、解きたいんだろ。今だよ今」
家に戻らなければ無いのだったら取りに行けば良い。そんなこともこの女はわからないのだろうか。
呆れていれば、彼女はじゃあ取りに行ってくるから一時間後に此処で、と言い残し歩き出そうとしている。
行動力があるのか、ただの馬鹿なのか、愚直なのか。多分どれもこれもだろう。思わず慎二は肩を掴むと静電気で手がしびれる。
「ああ、ごめんね、私静電気出しやすくて……」
「何だよ全く。お前、僕に一時間も此処で待ってろって言うのか?さっきも言った通り、僕はみたいに暇じゃないんだよ!」
「あー……じゃあ、えっと」
「ああもうさっさと決めろよ!」
女への優しさは何処へいったのか。
恐らくその問は「相性が悪い/一部を除く人間の中に彼女が入ってる」という時点で前述した不機嫌の対象が違っていても結局相性の問題上すぐに優しさというのは失せてしまうのだろう。
「いくぞ、ほら!さっさとしろよ!」
「えっ」
「お前ん家だよ!推理してやるんだからケーキくらいは出せよな!」
えっうちにケーキ今あったかな。
投げれば直ぐ帰ってくる返答に慎二はもう一度舌打ちをしてみせる。普段これぐらいの会話をしていればそれなりに、そこそこに、飽きないというものを。
「駅前のプレミアムショートケーキでいい。さっさとしろよ」
「え、あ、うん、じゃあちょっと買い物にいくから先に冬木に戻ってて」
なんでそうなる。ここぞでスカるあたり、はある意味才能の持ち主なんじゃないだろうか。
仕方なしに彼女の腕を掴むと、もう一度静電気がバチバチと音を立てて――……一瞬光が生じた。
「っ!」
「間桐君、ああ、ごめんね大丈夫?!」
「あーもう、五月蝿い!さっさと行くぞ!」
「えっ」
ぐいぐいと一度掴んだ腕を掴んで引っ張っていくと後ろからの「ケーキいいのー!?」という声が聞こえてくる。
五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。
なんで付き合ってやるって言ってるのがわからないんだ、この女は!
矢張り、は苦手だ。
そんな二人のやり取りを士郎が見かけて「ボケツッコミの練習?」と後日思い切り慎二に馬鹿にされたとか。されなかったとか。
因みにプレミアムショートケーキをしっかりとのポケットマネーから払わせ、しっかりと熱めのコーヒーを飲みながら食した後彼女からの依頼であるカードの推理をしてみせた。
どうやら不可思議なカードには意味があったらしいが――何があったのかは、慎二の口からは言われることはない。
変わったことといえば、が度々慎二のもとに来てはまるでホームズに添う助手ワトソンのように――と言っては誤植があるが、何かと手伝いに来ている。それが実際手伝いになっているのか否か、は分からないが彼女が「間桐くん流石だねー」と呑気に言っているのでまぁ、よしとしよう。
また、高校卒業後に彼女と彼が揃いも揃って冬木を発ったのは偶然か、はたまた必然か。
真実は闇の中。
2012/06/04
神谷浩史「ハッピーアワー」