マカロン・ロンリーデイズ

彼女が屋上で黄昏ているのを、が見かけたのは偶然である。
というのも、遠坂凛という人間はいつだって品行方正な優等生だ。眉目秀麗とはよく言ったもので、学内で知らない人間はもぐりとさえされる。そんな不思議な魅力を持った女生徒である。
……無論、もまた、遠坂凛を知っていた。

実際話をすることなんて数えたぐらいしかないのだが、クラスが一緒だとか、そんな当たり障りのない、それが遠坂凛との関係。
故に、屋上で黄昏ている彼女を見かけたのは偶然だった。
けれど彼女は随分と遠くを見ており、まるで学内で囁かれるような佳人には見えない――生きる力強さを持った、炎のような人間にには見える。


「遠坂さん」

何故、そこで彼女が話しかけてしまったのかは分からない。多分きっと、後日尋ねられてもは何も考えていなかったと言うしか無いのだろう。
ただ「話しかけなければならない」ような気がした。
遠坂凛はまるで狐に摘まれたような顔をしてを見ている。ああ、この子こんな顔もするんだ。1年以上同じ空間で授業を受けていたとはいえ、実際に会話らしい会話は殆ど皆無であったせいか、遠坂凛は高嶺の花というイメージがにはこびり付いていた。
考えてみれば、彼女だって普通の女子高生なのである。

さん、珍しいわね」

ふわり、と遠坂凜は笑った。
女であるでさえドキリとするのだ、男子たちだったら殊更瞬殺だっただろう。一発KOされる姿は安易に浮かぶ。
けれどは直ぐに姿勢を正して「遠坂さんこそ、珍しいね」と曖昧に笑顔を作る。クラスメイトなのだから名前ぐらい知っていて当然だ。
……だがなんだかにとっては不思議な感覚で、思わず声を出して笑いたくなった。

遠坂凛は首を傾げたが、の手にある紙袋に興味があるのか「なあに、それ」と視線を落とす。

「ああ……マカロン」
「美味しそう。さんが作ったの?」
「料理部の手伝いでね」

良ければどうぞ、とが紙袋を差し出すと遠坂凛はきょとん、としながらも直ぐに笑顔を作り2つほどマカロンを手にとった。
彼女の紅によく似合う、赤い、クランベリーのマカロン。
夕焼けに照らされた遠坂凛はは思わず困惑した。先程声を掛けた時、彼女は見えない何かをじっと見ているようだった。
視線を彼女の見ていた先に移すが――矢張り、何もない。

さん」
「ぁ、え?」
「大丈夫?顔色が良くないみたいだけれど」
「あ、ううん、なんでもない」

ごめんなさい。小さく謝ると遠坂凛は首を横に振った。
そろそろ下校時間になる。帰って夕飯の支度をしなければ。紙袋を持ち直し「ごめんなさい、引き止めて」と頭を下げ、は遠坂凛を見ると、彼女は随分と落ち着いた表情をしている。
何にも動じない、それでいて鉄仮面のような「学内のアイドル」の姿だった。その名前に恥じない、凛とした態度だった。

「私、そろそろ帰らないと……遠坂さんは?」
「私はもう少しだけ、用事があるから」
「そう」
「ええ、それじゃ。マカロンどうもありがとう」

淡々とした会話だった。
けれど、扉を開けた際にふ、とは振り返る。
夕焼けに照らされた遠坂凛の姿は、猫目な瞳に対してどこか何かを決意したような――そんな風に、見えた。


「遠坂さん」

名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう。彼女はひどく驚いたような顔をしていて、目を本当に猫のように丸めていた。今しがたまであった「かぶっている猫」は一瞬だけ、身を潜めたのだろう。
は出来る限りの笑顔を作った。
何故こんなことを言うのか、どうして彼女に向かってこんなにも必死なのかは分からなかったが――言わなければならない気がした。


「また明日」

彼女は同意も否定もしなかったが、小さく笑ってみせる。
……それだけで、には十分だった。それから振り返らずに学校を出ると、一つだけマカロンを紙袋から取り出し口の中に放り込む。
甘い、ピスタチオの味がふんわりと広がった。





「……感付かれたかしら」
「まさか、あの娘に魔力はなかった」
「ええ」

すう、と何もなかったところから褐色の男が出てくると、遠坂凛は昇降口から居なくなったを目で追いかける。
……他人に言うべきことではない。これは魔術師同士による代理戦争なのだから。10年間の凛の思いがある。遠坂としての矜持もある。かけるものが山のようにある。
だからこそ、の言葉に返事が出来なかった。凛はフェンスによりかかり、彼女のくれたマカロンをアーチャーに一つ渡した。

「……ふむ、中々に酸味があるな」
「そうね、さんのお菓子、美味しいわ。紅茶と一緒に食べたいかも」

けれど、彼女を――クラスメイトたちを、巻き込むのは彼女の矜持が許さないから。
勝ち残ってそれから食べれば良い。淡々と言うアーチャーに、凛ははっきりと「当然よ」と凛とした態度で答えた。



聖杯戦争が、まもなく始まろうとしている。

2012.6.4