ケーキセット1500円也


【お前、彼氏いないだろ】

そう口走った瞬間、彼の靴の上にひらりと足が踊った。重たい上に痛い。的確に小指のあたりを突くあたり彼女の性格の悪さが如実に表現されている。
あまりの痛さからのたうち回り、バシバシと叩くと見下したような瞳が彼に降ってくる。カレンといい勝負のサドな目付きだ。女というものはかくも恐ろしいものであるのか。

「貴方に言われるいわれは微塵もありませんよ、ランサー」
「スカした面して言ってるけどお前やってること最低だかんな!」

元々が誰かを好きになるだとか、誰かに惚れられるだとかそういった色恋沙汰に関しては多分間違いなく興味が無いせいか、彼女の友人衛宮士郎が遠坂凛だの間桐桜だの異国の風情を持ったセイバーだの、年下の幼女イリヤスフィールだのとフラグが立っている横で何時も通り、いつもの喫茶室で紅茶を飲んでいるばかりだ。

「オーダーよ。ケーキセットで、ルフナティーを」
「……」
「聞こえてるの?ランサー」

の言葉に、ゆっくりと彼は立ち上がる。背の高い一見好青年のランサーにギャルソンの格好はしっくりくるほどに似合っていた。のオーダーに恭しく「畏まりました」と一礼すると彼は音もなく去っていく。
店内でかかるヴァイオリンの曲は自然と彼女の心地を良くさせるもので、窓際から見える風景は代わり映えはしないものの見ていて中々に悪くはない。
緩やかな時間だ。こういうのも悪くはない。
静かに彼女が目を閉ざすとお待たせしました、と随分と穏やかな声が返ってくる。片目を開ければそこには片手で銀の盆を支え、柔らかい笑顔を浮かべた店員が立っていた。

「本日のケーキセットでございます。ルフナティーはミルクティーに適しておりますので、 よろしければその様にお楽しみ下さい。本日のケーキはアップルパイでございます」
「……それはどうも」

いいえ、と頭を振りランサーはお決まりの「ごゆっくりどうぞ」という挨拶を一つ交わし彼女の側からするり、と居なくなった。はそんな彼を見送ると溜息を零し、鞄の中から持っていた本を引っ張りだす。英書を読もうかと思ったが生憎と辞書を片手に勉強がてら読むのは時間がかかり、物語の中にすんなりと入っていきたいのであれば彼女の中で読む本はある程度決まっていた。
日が段々と落ちてくる中で彼女はケーキと紅茶をゆっくりと味わい尽くしながら本のページを捲る。
室内のBGMも、時折来客を知らせる鐘の音も、何もかも彼女にとっては遠く感じられた。


「……ああ、ランサー」
「お前も茶一杯でよくもまあ2時間持つよな」

そう言われて彼女は自分の腕にはめられた時計を見やる。時計の短針は既に3から5へ移動し、長針は6のところで止まっていた。彼の言葉に「ああ」となんともいえぬ感嘆の声を上げると、ランサーは随分楽しそうに口笛を吹いた。何事も楽しそうにしている彼らしいといえば彼らしいのかも、しれない。
は本に栞を挟むと一息ついた。
こんなにゆっくりとした時間を過ごしたのは何時ぶりだろうか。呑気過ぎる考えに、恐らくは彼女の友人その2である学内アイドル遠坂凛は「有り得ないわよアンタ」とあきれ果てただろうが、生憎と彼女は今此処に居ない。

「お会計を」
「おう。ちょっと待ってな」
「ああ、それにしてもお腹がすいたかも」

まるでセイバーのような発言だ。だがしかし健康的かつ成長期である高校生に紅茶一杯とケーキでは足りるわけがない。
喫茶店で言う台詞じゃねえぞ、とランサーが笑いながら彼女にツッコミを一つつくとは両肩をとん、と軽く落とした。

「仕方ないわ、帰りにラーメンでも食べて帰ればいいもの」
「……紅茶の後にラーメンってなぁ」

だからお前は色気がないし彼氏が出来ないんだ。
的確過ぎるツッコミに、もう一度彼女の靴が空を切り、彼の脛を思い切りごつん、と蹴り飛ばした。


2012.5.29
Title:たしかに恋だった/自信家な彼に5つのお題「お前、彼氏いないだろ」