ガンバりましょう


 90年代、Jリーグ開幕以降、サッカーブームはますます拍車をかけ、後にJリーグバブルと呼ばれることになる。しかしそれも短い期間の間で、98年、99年には既に試合集客数は減っていった。……しかし、代表の盛り上がり方。人々の「ワールドカップ」という言葉。はあきれてものも言えなかったものだ。
 アルゼンチン戦は落とすだろう、けれどジャマイカ相手なら勝てる。 一勝、一敗、一引き分け。それで進められるだろう。 安直かつ容易なことだと笑い飛ばし本選行きをさも当然だという人々に言われる言葉。けれど、世界の壁は厚い。いくら身内びいきを差し引いても、本選、ベスト16なんていけるとは到底思っていなかったし、は予選敗退した後に掌を返した連中に対して呆れて何も言えずに居た。勿論「呆れて」という意味だ。

「で、今日男子にスッパリ言っちゃったワケか」
「……だって」

 クッションに顔をうずめながら、ぶーたれるに、彼女の数少ない友人である真田一馬は呆れながらスパイク磨きに専念していた。珍しくサッカーチーム・ロッサが休みだというから、ついでに休みがちな一馬にノートを届けに来たはいいものの、彼の姉に先を通され、おいしそうなシュークリームと紅茶まで出されては帰るに帰れなくなってしまった。彼が帰宅したときに、彼の部屋でサッカー雑誌を黙々と読みふけるの姿に彼は呆然としたものである。

「……お前、どこのチームサポだっけ」
「私? ガンバ」
「ってーと、エムボマだな。 後はユース出身で稲本とか宮本とか、大黒とかか」
「そうそう。あ、そういや今年はユース強いっぽいねー。プリンスリーグ調子いいみたいだし」

 ガンバ大阪といえば、90年代、特に後半、当時ファーストステージ・セカンドステージと2ステージ制で分かれていた際に97年、当時のカメルーン代表であったパトリック・エムボマをFWとして起用し、その結果上位チームに食い込むという快進撃を見せていた時代である。08年現在でこそ、ガンバ大阪といえば上位チームに食い込み優勝争いをするチームとして挙げられ、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)に参加するほどの強さを持つが、当時は「エムボマがいないとガンバれない」といった揶揄を受けるほどにエムボマに頼りきり、彼がいなくなっては下位チームになってしまう、というようなチームでもあった。

「ふぅん、お前強いチームならどこでもいいんじゃねーの?」
「そんなワケないでしょ。別にエムボマ一人が好きなわけじゃないもん。私は釜本さんが監督だった時代から好きですー」
「へー」
「何その反応! いくら友達でもアンタガンバ以外行ったら私ブーイングするからね!」

 釜本という単語を聞いてか、興味を示した一馬に小さくはフンだ、と唸るとサッカー雑誌を再びぱらぱらとめくって小さなため息をついた。

「今年のチャンピオンシップはジュビロとどこになると思う? つーかね、あれだけサッカーサッカー言ってたのにJリーグには来ないってさぁ、本当どうなの?って話だよね」
「俺はアントラーズだと思うけどな、監督変わったし」
「あー、マリオだっけ? でもファースト監督コロコロ変わってたじゃん」

 何気ないやりとりをしながら、シュークリームを口に放り込むとクリームの柔らかいかつ甘い味が広がる。
 俺にはねーのかよという視線を投げかける一馬に知らないふりを決め込み、あーあ、と彼女は嘆息の息を零した。

「サポーターは、試合を見に行って、応援して、チームを支える人。 チームの成績悪くても、見に行って、声だして、選手を鼓舞するものだよね。……その時々でチームを変えて、応援いかないで「強い」チームなら何でもいいっていうのは……私は好きじゃない。」
「お前、W杯のことまだ引きずってんのかよ」
「だって」

 W杯で、サッカーを見ていなかった人間がいきなり騒ぎ出して、「サムライブルー」だなんて。不快そうに眉根を寄せて言うの唇は尖り、あからさまな批判が混じっていた。テレビを変えても変えても、サッカーサッカー。それでも、W杯が終わってしまえば「Jリーグには興味ないから」の一言。確かにサッカーが広まるのはうれしいことだが……そうじゃないのだ。
 欲しいのは、コアなサポーターであり、全力で応援しあえるもの。ブームが去ったら去っていくようなアクセサリーのように応援し、コロコロ変えるのは、寂しいし、複雑なものだ。…居てくれた方がいい。それでも、やっぱり知っていて欲しいという我侭な感情。

「真田は? プレーヤーとしては、どうなの?」
「……そりゃ、応援してくれりゃ、うれしいだろ。 オフサイドも知らないでキャーキャー言われるのは、まぁちょっと腹立つけど」
「外見と、順位と、知名度? ……私がガンバのサポーターやってるのは、ガンバのチームの雰囲気や選手が好きだから。 お荷物チーム? 上等じゃないの。……絶対次は勝つもん」

 クッションを握りつぶし、強い意志を見せたに、一馬は小さくだが笑った。
 ――こういう人間が、サポーターとして応援してくれたら、選手にとってうれしいものはない。
 自分たちの頑張りを見ていてくれる、自分たちの背中を押してくれる、フィールドには立てないが鼓舞してくれる、もうひとつの、選手。

「そっか」
「……何よ、真田」
「別に。 で、お前いつまでいるんだよ」
「……ノート写し終わるまで。 明日小テストだっていったじゃん」

 マジでか。
 一気に顔を顰める一馬に、やれやれとため息をつきながら彼のスパイクをまじまじとは見据えた。 ……傷だらけで、皮がすでに柔らかくなっているであろうスパイクは、彼のお気に入りなのだろうか。 
ずいぶんと入れ込んであるように見える。

「そういえばお前、感謝デー行くってことはスパイクオークションとか見たわけ?」
「え? 私落札したよ?」
「…………マジ?」
 二度目の問いに、はこれでもかと言うばかりに満面の笑みを浮かべて見せた。


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 2008.12.22→2009.10.25再up