琥珀色の午後


「意外かも」

 ひょこりと顔を覗かせた#name2#に両手で湯のみを包むようにして飲んでいた聖川真斗とは少しだけ驚いてみせる。
 口をへの字に変える真斗を観察するように近づいて、向かい側に立つ#name2#の表情を彼は読み取れない。何を考えているのか、はたまた何も考えていないのか……おそらくは後者な予感がするが、敢えて考えてみる。
 机の上は散乱すること無く、丁寧に整頓されており真斗の心の中を写しているようにも見える。はそのまま腰掛けて正座をした後「面白いね」と何だかわからない様子の真斗に微笑んでみせた。

「……何が?」
「うん、色々と」

 会話にならない会話。
 例えばここに、ツッコミが上手な一十木音也がいてくれたならとのコミュニケーションも円滑なものであっただろうが、残念なことに音也はいない。


 何が何だか分からない真斗に、ゆっくり、彼女は指をさす。指さす方向にはシンプルにストラップが1つだけついた携帯電話が置かれている。
 そこでようやく合点が行き、彼は嗚呼、と何ともいえぬ頷きを仕返した。
 確かに意外だといえば意外なのかもしれない。周囲の人間にもよく言われることだ。


 聖川真斗は携帯電話でのメールが早い。
 スマートフォンタッチでも勿論だが、少し前に出た携帯電話を使いこなしている姿を見ては純和風のイメージを持っている人間が首をかしげるもので、もその中の一人だ。

「珍しいね」
「そうか」
「うん」

 携帯が僅かに振動してメールが来たことを知らせると彼は手に取り先程が指摘した以上にさくさく片手でメールを打ち始める。
 女子高生であるよりもおそらくはそのスピードは速い。指先があっという間に彼方此方に動いていく様をは観察していると、彼は困惑したように手を止めた。ハの字にする眉に思わず彼女が首を傾げれば「何だ」と聞き返された。


「速いなーって」
も同じぐらいだろう」
「ううん、そうでもない」

 絵文字を使ったりしているからじゃないのか。真斗のメール文面は彼の性格をそのまま映したようなもので、全くを持ってシンプルなものだ。
 テーブルの上に置かれた五線譜のノートにはおたまじゃくしが泳いでいる。


「……真斗って、作曲できるの?」
「何故だ?」
「書いてあるから」

 クラシックの編曲に近いもので、ピアノの連弾が書かれている。途中まで見た後に、首をごぎ、と奇妙な音を鳴らせてはよりよく読もうと身を乗り出す。携帯電話を動かしていた真斗は手元のノートを見た後にそのまま使っていない左手でノートを渡した。
 途中まで書かれたその曲には目を滑らせて、一つ一つの音をイメージし口に出す。彼女が音を一つ、また一つずつ出す度に彼の指先は見えない盤上を叩く。ゆったりと、静かに、とん、とん。叩く音だけが部屋に響く。
 は目を少しだけ真斗に向けて、すぐに戻した。随分と真斗が穏やかな顔をしていたので、これ以上何かを聞くのも邪魔するのも可哀想だったからだ。


 暫く、音を彼女が追いかけ終わると指先を動かしていた真斗の手元に楽譜を置いた。


 彼もまた現実に気づき、手元にある楽譜と携帯電話に慌てて携帯電話のメールを打ちなおし始めた。
 カタカタと携帯電話の音が心地よく響く。はそんな様子を見ながら少しばかり笑って「ギャップだ」と呟いた。


「真斗ってさ」
「なんだ」
「ケーキは、好き?」
「? 嫌いではないが」

 和菓子と、ケーキ。どちらも好き。緑茶と、紅茶、コーヒー。どれも好き。
 彼らしい意見だ。だからこそいいのかもしれない。
 喉の奥で小さく笑った後には立ち上がり冷蔵庫を開けると作りおきのアイスティーを取り出して真斗の空になった湯のみに注いでやった。


「ありがとう」
「ううん」

 緩やかに過ぎていく、そんなギャップだらけの、琥珀色の午後。