饅頭Serenade

深夜ですね。

かちっと懐中電灯ランタンをつけてが言うと、露骨に嫌そうな顔をしてトキヤは布団を頭からかぶった。眠たい時に五月蝿いやつを相手にするなんて実に馬鹿げている。
ただでさえ音也で手一杯なのだ、相手などしていられるか。
つらつら文句を並べた後に眠りの中に入り込み無言に徹するトキヤに思わずはおお、と意味のわからない拍手を送った。
部屋の隅っこと隅っこ。中心を隔てて湧かれた一つの部屋。もう片方の隅っこでは布団が大きな繭のように大きくなっている。時折漏れる寝息からおそらくは音也が寝ているのであろうが、何とも言えぬ寝っぷりに薄ぼんやりとした意識の中でトキヤが「何をしているんですか貴方は」と一人ごちる。


「しょうがねえなあ、音也は」

まるで蛹だ。
楽しそうに笑ったは懐中電灯を何度かつけては消した後に、音也らしき布団の山へ光を向ける。もぞ、もぞと動いている姿は言いがたいシュールさを持っていたが、トキヤからすれば眠気の臨界突破を既にしており、瞼が落ちてきている。
明日も早いというのに、何でこんなことになっているのか。良く分からないままだ。


「私は眠いんですが」
「あれれー?おっかしいなぁ」
「その探偵風の喋り方をやめてください、実に不快です」

眠い中でもツッコミがよくもまあ冴えるもので、は喜々と拍手を送った後、トキヤの頭を少々乱暴目に撫でた。
そもそも彼は何の用事で来たのか、良く分からない。それを聞き出そうと唇をトキヤが開くと、は「お土産」とトキヤの顔の上に思い切り四角い、箱のようなものをぶつけた。
自然とは琴口づけをするような形になって不快感を顕にしながらトキヤはその箱を暗闇の中から何か確認する。
四角くて、紐で結ばれたそれは、よく昔ながらの酔っ払いが持っている土産に似ている。


「言っとくけどー、寿司じゃねえぞー」

酔っ払ってもいねえよ。まるでトキヤの心を見ぬいたようにが笑った。
では何かと尋ねれば彼は温泉まんじゅうであると答える。先日箱根で推理ドラマの主役を演じるため出かけていったに妙に納得するとは、お前納得するなよ、と箱の上からごん、とトキヤを叩いた。


「まぁいいや。ほんじゃ、俺帰るな」
「はあ……」
「音也にもよろしくなあ」

あと、HAYATOにも。
付け加えるように静かには言い残し、そのまま音もなく去っていった。
HAYATOという人間はいない。そんなこと、彼だって知っているはずだ。
HAYATOとは、トキヤの、TVの編み出したキャラクターだ。音也と同じような、けれど仮初のアイドル。子役上がりのはHAYATOを演じるトキヤをどう思うのか。同じ子役あがりなのに違いを見せつけられて苦悩するトキヤのことなどは知らぬ存ぜぬといわんばかりに、彼に関わってくる。
仮初のアイドルを演じる役者と、素のままで生きているような役者。どちらが良いのかはトキヤには分からない。知りたいとも思わなかった。
饅頭を腹の上に乗せたまま、すう、と静かにトキヤは呼吸を繰り返し、そして深淵の眠りの中へと落ちていった。


翌日、腹の上に置かれた饅頭を音也が発見して「トキヤが一夜にして温泉行ってきたー!」と騒ぎ立てたのは後日談である。