Natsukoi Jet-Coaster
夏の恋愛というのはアバンチュールなものだと言う。夏にあった歌詞という仮題を受け、音也はボールペンをくるくる回した。
夏休み中、同室のトキヤはいつも以上に忙しそうだ。他のメンバーは其々帰省してしまっている。そんな中音也がかえらないのは単純に今孤児院に帰ったところですることは限られている。
けれどこの寮にいれば勉強も、レコーディングも出来る。音也の熱心な態度に心を打たれたのか、担当の月宮林檎は「作詞の勉強頑張ってね」とドサドサとたくさんの課題を置き土産として置いていった。
それが幸運か不幸かは分からないが、喉を休めるために今こうして作詞の練習を音也はしている。テーマは「夏」「恋」この二つだ。
ミーン、と蝉の五月蝿い声が耳に届く。クーラーの効いた部屋でも暑いものは暑い。ぱたぱたと貰った団扇で扇ぎながら歌詞を巡らせる。恋というものに対して音也は鈍感だ。どちらかというと「好き」はたくさんあったが、それら全ては友愛に近く、親愛に近く、恋愛とは明確に違った。
恋愛を神聖視しているつもりはないが――何となく、音也の中では漠然とした「あこがれ」がある。
好きな子とあれもしたい、これもしたい、という妄想・願望は膨らむというのに肝心の好きな子が現れない。
それを林檎に尋ねたところ、思い切り腹を抱えて笑われ「音くんは純粋なのねー」と背中を叩かれ励まされてしまう。
窓に視線を投げてみれば驚くぐらいに空が青い。太陽が眩しく、夏の空だ。思わず音也は団扇で仰いでいた手を止めて「ひーまーだー」と全くもって暇ではないのに呟く。課題は終わっていない。けれど現実を見たくもない。部屋も暑い。
「……アイス冷蔵庫にあったよな」
アイス食べよ。机にボールペンをほうり投げ音也は立ち上がった。
作詞ノートは空に浮かぶ雲のように、真っ白のまま。
ガリガリと頭をかきながら音也が男子寮の食堂に来ると、そこには珍しい客がちょこん、と座っていた。
その存在を音也は全く気づかず、首を今度は軽く回し冷蔵庫の扉を開ける。ひんやりとした涼風に「すずしー」と小さく呟いた後に中に入っていた2リットルのオレンジジュースを取り出しコップに注ぎ一気に飲み干す。そこでやっと彼はテーブルの上に乱雑に散らばった楽譜と、キーボードに目がいった。
今寮の中には限られた人間しかいない。しかも其々が個々の練習をしているので食堂にいることは限られる。視線を少しずらせば、黒いコード。大きなヘッドフォンが置かれている。
ああ、これはヘッドフォンだ。
そう認識すると、次に肌色の物体に目をやる。そこには、じっと音也を見つめる双眼があった。
「――!?」
そこで、初めてやっと音也は自分の相棒の姿を認識し声を張り上げた。見間違えるわけもなく、じっと彼女は音也を見つめている。
手にはボールペンと、楽譜。ヘッドフォンと黒いコード、そしてキーボードはつながっていた。ああ、これは、彼女の私物だ。そう認識する暇もなく慌てて音也は彼女に駆け寄り「何してんの!」と少し語尾を強めに尋ねる。
仮にも男子寮だ。そしては女子だ。
こんなところを見つかりでもしたらどうなるのか分かったものではない、最悪、退学も考えられるだろう。けれど彼女は実にあっけらかんと「早乙女さんが入れてくれた」と一言で話を済ませてしまう。
学園長のお言葉は絶対だ。
「あんのおっさん! っていうか何でここにいるのさ!」
「作詞、終わった?」
「う」
には音也が進化を遂げるために事情を説明してある。作詞を彼女は待ち、それにあった曲を作ると約束をした。二人での課題曲――それが、月宮林檎の課題だ。
は差し入れに貰ったのであろうガムを噛みながら音也をじっと見据える。
勿論、音也からすれば「一文字も進んでません」とはとてもじゃないが言える環境ではない。まずいのは勿論わかっている。けれど筆が進まない。それに加えて体力を付けなければならないから時間はより限られている。
すると、は「分かった」とだけ言うと立ち上がり、手をぱん、と一度叩く。
「発声練習しにいこう」
「え」
「はい、荷物」
「ちょ、ちょっと」
彼女は鞄の中に楽譜を一気にまとめクリップでつけると音也の腕をぐいと引っ張った。音也の意見なんてまるで無視だ。音也が持っていたグラスを流し台に置き、引っ張られるまま彼女を追いかけると男子寮に残ったBクラスの生徒が何事かと部屋から出てきた。
あ、と小さく声を漏らしたがすぐに何も見なかったかのように扉を閉めてしまう。
「違うよ!違うよ山田くーーん!」
男女恋愛禁止の校則が頭をよぎったが山田と呼ばれた少年は扉の向こうから「俺何も見てないから!」と一言だけ言い残しそのまま沈黙してしまった。余計な誤解を招いたことに音也は内心頭を抱えたが抱えたいはずの右腕はに掴まれズルズルと引っ張られている。
男子寮を突き抜け、エントランスを横切り、中庭、そして東屋につくと彼女はようやく手を離した。湖は夏の日差しに照らされキラキラと輝いている。――だが、それ以上に。
「暑い!」
「音也」
「何?」
次の瞬間、音也は思い切り水を頭から被った。何が起きたのか、本気で分からず目を丸くしたが、目の前には湖。そして、の手は濡れている。
「え」
「はい、ロングトーン。出来るところまで」
「え、ちょっと」
「因みに16秒で吸って、30秒で吐ききって」
はい、用意。
ぱん、とが手を叩くと条件反射で姿勢をただし、腹式呼吸の確認として音也は横腹に手を添える。ぱん、との叩いた手に合わせて、あー、と一定音を発声しはじめる。
長く、30秒をかけて吐ききる。4秒で吸って8秒で吐ききる。
繰り返し、繰り返す。
偶に音也が吸って、ただ長く音を出すだけになると容赦なくが「違う」と一言ツッコミが入ってくる。
ジリジリと暑い気温に、やがて音也が酸欠になりそうなほどにくらくらしてくると、は「終わり」とぱん、と手を叩いた。
「……あつい!」
「息抜きになった?」
「なってないよ!」
「……じゃあ、はい」
ぽん、と彼女は次にカバンから「それ」を出してくる。
音也はそれに見覚えがあった。子供の頃、孤児院で遊んだものだ。思わずを二度見すると先程とは全く違う表情になって楽しそうに笑顔を作っている。
つまり。
これは。
「…………」
「うりゃ」
「!?」
水鉄砲だ。のもっているブルーの水鉄砲は音也の色違いのものだ。思い切り顔にかけられる。何事かと目を丸くすると「油断大敵」とは笑った。
「アイドルは、笑顔だよ」
眉間に皺が寄っていたとアピールするに、音也はぶは、と耐え切れずついに笑い出してしまう。
気を使われたのだろう。
けれど、それ以上に唐突すぎる数々に笑い出さずには居られなかった。きょとんとしたに、思い切り手で水をすくい投げればキラキラと水が光にあたり輝き、そしての髪に振りかかる。うわ、という悲鳴が聞こえたが聞こえないふりだ。
音也はすぐに立ち上がり「油断大敵だよ!」と笑ってみせる。
夏の空のような、晴れやかな笑顔に一瞬は目を丸くしたが――すぐに、にっと笑い返した。
「うりゃ」
「まだまだ!」
まるで子供のようだ。けれど音也は水鉄砲から出る水が光を浴びてに向かっていく姿が綺麗だと思った。とそんな子どもの遊びをするのが、楽しくて仕方がない。
だからなのか、気が滅入っていたのか、答えは分からない。
けれど――夏の恋。ふと頭をよぎる林檎の課題の歌詞に、手が止まる。考えていると、ばしゃり、とが水を足で思い切り蹴り飛ばし音也にかかる。
「うわ、足は卑怯だろ!」
こんなくだらない、騒がしい日々も嫌いじゃない。
けれど、こんなくだらない、騒がしい日々に彼女がいてくれればきっといつでも楽しいのだろうと音也は心の片隅で思う。
それは、恋なのだろうか。
「」
「うん」
水を二人でかけあい、いい加減に疲れたのか、水鉄砲をだらりと下げては張り付いた髪をかきあげながら音也の質問に対して耳を傾ける。
水面はまだキラキラと輝いている。まるで波のようにゆらゆらと、水面が揺れる。
「キラキラしてる」
何が、とは音也は言わなかった。もまた、何が、とは尋ねない。ただ音也のその言葉に、うん、とだけ応えた。
まるで、夏の恋というのはジェットコースターのようだと音也は内心思う。
それは恋なのかは分からない。
けれど――……違う一面が、輝いて見えて仕方がない。ドキドキが止まらない。湖で自分たちが暴れたせいでできた波のようにゆらゆらと、心が揺れて仕方がない。
を見れば、はメロディーが思いついたのか指先で指揮を取り口ずさむ。その音に音也は耳を傾けて、めちゃくちゃな歌詞を載せる。
元気で、甘酸っぱくて、爽やかで、キラキラした“夏”を、言葉にして音楽に注ぎ込んでいく。
太陽のように眩しく、思わず音也は目を綴じたがルララ、と音やの音に合わせ、彼女が口ずさんだのでつられてラララ、と歌いだす。
水面が彼らの歌に合わせて少しだけ、彼らの心をひっそりと悟ったかのように揺れた。
恋と言うには未発達かもしれないが――確かに彼らは、何かが少し、変わったのかもしれない。
そんな、とある暑い日。
Natsukoi Jet-Coaster : STORM LOVER 夏恋!主題歌より