「あれ、
ちゃん。点検?」
「そう、点検」
ひょい、と機材を片手で持った
の姿にアキラは首を傾げた。定期点検の時期はもう過ぎており、異常を来しているなんてデータはなかったはずだ。
は軍手をいそいそとはめながら「最近攻撃にあったばかりだったからねー、一応」とアキラの質問に答えていく。持っていたパソコンのプラ
グを機材に
差し込み、素早くパソコンを打ち込んでいく。
アキラ自身、院を出たいわゆる「エリート」の部類の中であっても機材面はさっぱりだ。彼女の文字を打ち込んでいく指先は残像が見えそうなほど速く、そし
て何が何だかわからない。画面ではその打ち込まれたコードが長々と表示されている。
何をいっているのか分からない英単語と何を意味するのか分からない記号表記に思わず目眩を覚えたが、
の表情は至って真面目だ。
「なんかさっぱりすぎて頭くらくらしちゃうなぁ」
「えー、意外かも。天才な教官でも苦手なものってあるんだね」
「天才って言われても……」
「飛び級なんて縁がない世界すぎてさぁ、ごめんごめん。悪気はないよ」
ぴぴっと画面に二つの窓が表れて、何やら図式を表示すると
はすぐ視線をそちらに戻し、沈黙した。何をしているのかアキラにはさっぱり分からない
が、彼女は上から下まで舐めるように片方を見ると、スクロールバーをスライドさせ幾つかをクリックする。
すると「now」の文字が出てきて先程と同じ、ただし日付の変わったものが表記される。
集中しきった
に声をかけるのを躊躇い、アキラはぼんやりと彼女の作業を見つめることにした。カタカタカタカタ、と叩き込む音。その音は妙に心地よ
くうとうとと眠気を誘う。そういえば最近寝ていないような気がする。
ふ、と瞼が落ちていくのを感じ無理矢理目を開こうと試みる。けれどもやればやるほど眠気は強くなる一方で、最終的に抵抗する力を失ったアキラはふわふわ
と――眠りの中に入り込んでいった。
「――よし、終わり」
現状を管理局に送り、緊張が解けたかのようにアキラはぐっと背中を背もたれに押しつけた。そういえばいつの間にかアキラの声がしなくなったことに気づ
き、視線をVOX内に向ける。
アキラは指揮官の座るべき場所に座っていた。ただし、その大きな瞳を現在は閉じて、すうすうという寝息を立てながら。なんて緊張感のない顔をしているの
だろう。思わず
は呆れたが、彼女は『指揮官』で赴任されて以降ナイトフライオノートの攻撃も続いている。
常に選択を迫られるというのは、とても重荷だろう。さらには第六戦闘ユニットはどいつもこいつも曲者揃いで、安らぐ暇なんてないのではないか――と余計
な心配をしたくなる。常に生きるか死ぬか。そして彼女の選択によってライダーの、そして世界の「今後」が決定される。
運命は彼女に委ねられているのだ。
それは、技術科の末端の末端である自分とは異なる重圧。頬杖をつき、アキラを
は観察した。
長いまつげ。白い肌。細い足腰、肩。セミロングの茶髪はサラサラで、とても世界を救う英雄には見えない。
「……お疲れ様、教官」
きょろきょろと周囲を見渡すが毛布になるものもなく、しかし冷房が利いているせいでこのままなら風邪をひいてしまう可能性もある。どうしたものだろう
か。思わず
は考え込んだが、アキラの目の下にはいくら化粧をしても誤魔化しきれない隈。起こす、という選択肢は初めからない。
こんなとき、仮に
が男だったら彼女を抱きあげる程度のこと造作もなかったのだろうが、残念ながら
は女でありアキラを起こさずに運べる自信も
ない。
ああでもない、こうでもない。脳内でぐるぐると考え込んでいると自動扉が開く音が後ろから聞こえてきた。
「ああ……
か」
「ヨウスケ」
演習帰りに風呂にでもいってきたのだろう。随分とさっぱりした表情のヨウスケに
はほっとしながらアキラを指差し、次に「静かに」とわずかにジェス
チャーで訴える。彼女の反応でヨウスケは大体を察したのかわずかに頷くと、静かな足取りで
の横に立ち、目を閉ざすアキラに小さな舌打ちをした。
それが彼の表現の一つであるのも
は知っていたが「こら」と僅かに彼を咎めるように唇を尖らせる。だがすぐにヨウスケはひょい、とアキラをおぶると
「女子寮」とだけさらりと言った。アキラを起こさないようにゆったりとした足取りで歩いていく彼に僅かに
はぽかん、と彼を見ていたがふと現実に引き
戻されて「守衛さん通してくれるかなー」とあわてて彼を追いかけていく。
幸運にもヒジリや他のメンバーに会わなかったため、女子寮に入る時間は最短で済んだ。アキラの部屋に入ることは流石にヨウスケはためらったが
は
ぐ
いぐいと彼の背を押し、ベッドの上に彼女を寝かしそっと部屋をそろって出る。勿論、この際物音をたてないようにして。
「……本当に疲れてたんだねぇ」
「そうだろうな。……あいつの立場は、大変そうだから」
「ねっ」
せめて今だけでもしっかり休んでもらいたいねぇ、なんて呑気な事を言いながら彼女は片脇に抱えていたノートパソコンを持ち直した。
整備の点検は終わっていないのだろう。コキコキと首を鳴らし女子寮をゆったりとした足取りで歩く
にほんの少しヨウスケは呆れ気味だ。人の心配をす
る前に彼女も自分自身の心配をするべきである。メインで戦闘を張る自分たちこそ勿論重要人物であることには変わらないが、ライダーたちのためにと整備を常
に万全にし常に動き回っている各部署のスタッフには敬意を表さなければならない。
たった六人で編成された部隊だ。いつ殲滅されて消えていくかもしれない。
パソコンを持っていた
は黙々と彼女の後ろを歩くヨウスケに対して何か言うわけでもなく視線がぶつかるとへにゃり、と弱弱しく笑って見せる。
「……あんたこそ、休んでるのか?」
「アキラほど休んでいないわけじゃないよ」
聞いてみても、彼女は肯定とも否定とも取れぬ言葉で相変わらずその「へにゃり」とした笑顔を浮かべるばかりだ。
沢山のスタッフが、ヨウスケたちを支えてくれている。それは紛れもない事実で、変えようのない真実。自分たちは「選ばれた人間」であり、その選ばれた役
目をきちんとこなさなければならない。
そのことを再認識しながらヨウスケは
の隣に音もなくすとん、と座る。彼女は一瞥を向けることなく、どこか虚空を見つめていた。ソファーに二人で並
んで座っていても、会話らしい会話なんてものは最初からなかった。どちらかが話しかけるわけでもなく、また離れるわけでもなくぼんやりと横に座り、二人と
もどこか遠くを見つめ、沈黙し続けた。
僅かに聞こえる空調の音。
ふう、と先にため息をついたのは
だった。視線だけをヨウスケに向けて、ゆっくりと彼女は唇を開く。
「ねえ」
「……なんだ?」
「いつまでここにいるの?」
「……あんたが寝るまで、ってところだな」
はあ?
彼の言っている意味が理解できないのか
は首を傾げ、持っていたノートパソコンを膝の上からスライドさせソファーに置いた。
ヨウスケは表情一つ変えることなく、淡々と、まるで今日はいい天気だと言わんばかりに言葉を紡ぎ続ける。
「教官に負けず劣らず
も、目に隈が出来てるぞ」
「うっそ」
「鏡見てないのか?」
「う」
図星なのか彼女は思わず押し黙った。
視線を泳がせているのでヨウスケの指摘が彼女にとってその通りであったのは明白で、ヨウスケは小さく舌打ちをし彼女の頭に手をぽん、と置き、そのまま犬
にするかのようにわしわしと頭をなでる。彼女は小さな悲鳴を上げたが文句を言うそぶりはせず、そのまま為すがままされていた。
それ以降もぽつぽつと会話があったが、10分ほど経過して、ヨウスケはのっそりと立ち上がった。腰に手を当て、何度目か分からない舌打ちをするとじっと
を見据えて「もうあんたも、寝ろ」と言い放った。
「え、でも仕事」
「倒れられても迷惑だ」
「う……」
「それとも、横抱きにしてベッドまで運んでやろうか?」
さり気無い爆弾発言を彼は投下していることに気が付いているのだろうか。
一瞬
の顔がぽかん、と鳩が豆鉄砲食らったかのように目は丸くなり、口は半開きになった。その顔が可笑しくて思わずヨウスケは心の中で小さく
笑った
のだが、彼のポーカーフェイスによりその顔の緩みは隠されてしまう。
すぐに
は顔を今度はほんのり赤くして「冗談!」と切り返してみる。言葉遊びだ、冗談、気まぐれだろう。そう切り替えてからかったヨウスケを睨
みつ
けるがヨウスケはどこ吹く風でけろりとした表情をしたまま「それともおやすみのキスのほうがほしいのか」と言い放つ始末だ。
鈍感で、マイペースな猫のような男。そうヨウスケを表したのは誰だっただろうか。そこにいるヨウスケからは到底「朴念仁」「鈍感」という言葉は出てきそ
うにない。
はノートパソコンで口元を隠すと「結構!」と今度は強めに言い、すくっと立ち上がった。
「ね、寝るから!おやすみ!」
「そうか、残念だ。おやすみ」
「……ヨウスケって結構確信犯だよね」
さぁな。
そう笑ったヨウスケの笑顔に
は照れたようにそっぽを向きながら「おやすみ」ともう一度言うと振り返ることなく女子寮へと去っていった。
ヨウスケはぽつりと「情けは人のためならず、だな」と呟き彼もまた男子寮の中へと静かに立ち去っていく。
残されたソファーにはほんの少しまだ二人が座っていたぬくもりだけが残り、二人の甘酸っぱくもどこか爽やかな空気は誰かに悟られることなく、宵闇に溶け
ていくばかり。