気まぐれロマンティック



 コツコツコツ、と急ぎ足の靴音が廊下に響き渡る。時間が時間だということもあってか、生徒の姿はなく授業のため教室にいるだろう。
 津賀ユゥジもそうであるべきなのだが、早朝の訓練の際に受身を取ろうとした際にぐぎ、と鈍い音をしたせいで足をひねったらしくそのまま医務室に連行、湿布を貼られがみがみと医療担当者に叱られ、ふらふらと戻るところだ。
 それにしたって医療班はどうしてかくも言葉がきついのだろうか。普通保険医といえばやさしい雰囲気をもったお姉さんお兄さんであるべきじゃないのだろうか。カウンセリングも担当しているものじゃないのだろうか。内心そんな愚痴を入れながら、ユゥジはこれでもかとため息をついた。そんなため息をついたら恐らくチームメイトたちから「おっさんくさい」と一蹴されてしまうのだろう。
 ああ、やれやれだ。
 ゆっくりとした足取りで階段を上って、ふと窓に視線をやった。窓の向こうはちょうど屋上が見える。こんないい天気で、屋上で昼寝なんてできれば最高だろう。ぼーっとユゥジは空を見ていると、ふ、と屋上にできている影に気づいた。
 より目を凝らすとそれはゆらゆらとゆれて陽炎のようになっている。べた、と窓に手をつくと影の主の手が見えて、ゆっくりと顔が見える。次の瞬間、ユゥジは「あいつ」と思わず苦々しい顔で恐ろしい低い声で呟いた。
 どかどかとひねった足を引きずり、彼は突き進み、屋上へ上っていく。ばん、と派手な音で扉を開いたというのに影の主――……基、データ管理局情報一課の人は気づいていないのかパソコンに向かい恐ろしいほどのスピードで打ち込みを続けている。
 カタカタカタカタ。
 カタカタカタカタ。
 青い空。青い海。もっと青春を謳歌すべき学園だというのに。年頃の女性だというのに。彼女はいったい何をしているのだろうか!

!」

 彼女の名前を呼ぶと、は猫が驚いたかのように体をびくつかせ、そしてゆっくりと振り返り「あ」と呟いた。
 顔色は相変わらず青く、先日医務室でくどくどと「三日でいいから休め」と叱られていたときの姿と大して変わらない。いや、寧ろもっと悪くなっているようにユゥジには見える。
 ユゥジは彼女に近づくと彼女の足元に転がっていたUSBが目に入る。

「最近おとなしくしてると思ったらこんなとこでパソコンやりやがってたのか!」
「いや、パソコンやらないと仕事終わらないしね」

 はユゥジからそっとパソコンを遠ざけているが、彼ももちろんそんなことは即効で把握し思い切りため息をつくとぱこん、と軽く頭を小突いた。
 の足元に転がるUSBメモリーは軽く数えれば10本ほどあるだろうか、それを全部拾い上げるとにもう一度あきれたように言う。

「昨日医務室かつぎ込まれて怒られてただろー、没収だ、没収」

 ざらざらとUSBメモリーを渡すと、その空いた手でひょいと彼女の持っていたノートパソコンを奪い取った。
 瞬間、彼女は「ああっ」と悲鳴を上げたが、ユゥジはパソコン内容をざっと見るとリストアップされた一覧に「今日の訓練データとここ最近の比較か?うーわ、俺落ちてるじゃん、凹む」などといいながらショートカットキーを巧みに使い、保存を終えるとシャットダウンを施行する。

「あっまだ終わってないのに!」
「却下、だーめ。お前、昨日保険医に三日休め、って言われてただろ。まだ一日目だぞ?一日目で約束破るとか社会人としてどうよ」

 社会人。その言葉にぐ、とは思わず言葉をどもらせ、今までユゥジを見据えていた視線をぷいと逸らした。
 はぁ、と再びの溜息をこぼし、パソコンをユゥジは肩に乗せると「あのなぁ」とまるで兄が弟妹に諭す様にして彼女に語りかける。

「システム班が大変なのも知ってるし、お前らみたいなバックアップしてくれる連中がいなきゃいけねえのも分かってる。でもな、お前いなくなったら皆が困るだろ?」
「システム班じゃなくてシステム管理局…技術科ともいうけど…」
「いーんだよ細かいことはー。要するに、理系ってことだろ?」
「そうだけど……」

 微妙にあっているようであっていない。の所属しているチームは正式名称は『リュウキュウLAG 技術科データ管理局情報一課』だ。
 あまりに長すぎるせいか。それとも彼女がヴォクスの搭乗を許された担当だからか、彼女の籍が何処であろうとヴォクスに搭乗している以上上司は麻黄アキラ女史にあるせいだろうか。彼女が技術科として扱われることが以外に少ないものなのである。
 ああでもないこうでもないと二人で言い合いをしていたところ、仰々しい雰囲気と共にひょい、とディバイザーがやってきた瞬間にユゥジとは声をあげて彼の名を呼んだ。

「騒がしいぞ、貴様ら。それに、貴様またここに来ていたのか」
「何だよお前頻繁に来てるのか?」

 ぴくり、とユゥジはその言葉を聞き逃すことなく、ディバイザーにユゥジが聞くと「あ」とは手をぶんぶんと振りディバイザーにそれ以上余計なことを言わせまいとするのだが、ディバイザーはその手を顎にそえると「む、ユゥジは知らなかったのか」と告げるとあっさりと彼女が授業を抜け出して仕事をしていることだとか、偶に一日中屋上でパソコンと格闘しているだとか、そんな状況を説明する。
 ユゥジはにっこりと笑顔を作り、の肩をがし、とこれでもかつ強くつかんだ。


「ゆ、ユゥジ……」
さん、ちょっと俺の話を聞いてもらえますか?」
さん?!このタイミングで?!う、うう…怖いよユゥジ…」

 普段へたれおっさんだの何だのいろいろ言われているが、年長者ならではの怒り方が彼にはある。
 そもそもLAGの中でここまで親しくしてもらえているのはヴォクスで仕事をしている以上何かと関わりこそはあるのだが、この男や駒江クリストフ・ヨウスケ等は何かとスタッフへの気配りをする人間で、が人数の少ない女の一人であるせいか、偶に声をかけてくれる。

「津賀さん、怖いです」
「怖い?失敬だな」

 にこ、と背筋が凍るような笑顔をユゥジが浮かべるとは小さくヒッと悲鳴を上げたが、抵抗するようにぶんぶんと首を横に振って「でも、パソコンこの前壊れて仕事溜まっちゃって修復するまでチームのみんなに仕事負担させちゃったし」と反論しようと試みる。だがしかし、ユゥジはにっこりともう一度柔らかい笑顔を浮かべるとに言った。

「知ってるか、
「え?」
「そういうのを「言い訳」っていうんだぞ」

 反論したところで、意味はない。それを証明するような容赦のない切捨てに思わずは両足をついてがっくりとしてしまいたくなる。だがそんなことをしても、ユゥジはパソコンを返してくれないだろう。じーとユゥジを見据えるがユゥジは「というわけで、没収な」とひょいっとパソコンを仕舞って両手を組んだ。
 ディバイザーはそんなとユゥジのやり取りを気にすることもなく紅茶をすすり、優雅なティータイムに入っている。
 三者三様。見事に全員ばらばらな状況。だがそれをさらに壊すようにユゥジはゆっくりと口を開いた。

「後は持ってないな?」
「……」
「持ってるんだな?」
「持ってないよ!」
「本当か?」
「ほ、本当だよ!」

 ぶんぶんと首を横に振るに対してじゃあそのポケットからはみ出してる白い小さいノートパソコンみたいなのは何だ、とユゥジは指差した。
 げ、とは小さく呟いたがそれでもいやいやと首を振るとポケットからそれを隠すようにして反論を続ける。

「こ、これは端末機だよ!」
「そうかそうかー、最近のLAGの端末機はそんななのかー……なわけあるかー!没収!」

 パソコンではない手をひょいと奪いとると「うわあああ」と彼女は必死に奪い取ろうとユゥジに手を伸ばすが、足を捻っているとはいえ、背の高さも含めてユゥジに勝てるわけもなくは振り回されるしかない。返してーと言うも却下だという押し問答を繰り返す。
 まるで小学生のようなやり取りなのだが、どちらもいたって真顔でああでもないこうでもないのやり取りをしている。ひょい、とは手を伸ばしたが、それをさらりと再びユゥジに奪われる。

「いいか、お前!三日パソコン触るな!」
「禁断症状出ちゃう!」
「出るか――っ!」

 ワーカーホリックの気があるのではないかと先日診断されていたが、医師に対してユゥジはあえて声を大にして言いたい。「気がある」のではなく、100%にそうであろうと。
 何かあれば仕事仕事仕事、パソコンパソコンパソコン。休んでいる時間は彼女にあるのだろうかとすら疑問になってくる。あーまったく、とユゥジが溜息を再びこぼすとふとディバイザーはティーカップを置いて首をかしげた。

「ふぅむ、のやっているその「ぱそこん」とやらは何か悪いのか?」
「そんなことないよー、私の仕事するために必要な道具だよ!」

 があわててそれを遮るとを更に遮るような声で「騙されるなよディバイザー」と釘をさすようにしてユゥジが口を尖らせる。

「こいつ、休むとき休まないでいっつもそれにかじりついてるんだぜ? パソコンばっかやって結果飯取らないしも寝てもいない、問題ばっかだっつーの!」
「ちょっと待って、ご飯ぐらいは食べてるよ!」

 嘘つけ、と眉間に皺を寄せて渋い顔をして言うユゥジに何を、とはぐるりと振り返るがユゥジははぁ、と低い溜息を何度目か分からない溜息をこぼす。

「俺は見たぞ、この前ソイジョイ1本と水で一日乗り切ってた姿を」
「なななんで知ってるわけ?!」
「ほらやっぱりな!」

 ずびし、と指を指すユゥジに再びうぐ、とは口を噤んだ。何度目か分からない口論に結局ユゥジに負けっぱなしである。仕舞いにはあんまり言ってると縄で簀巻きにして部屋に放り込むぞ、とまで言い出すユゥジに結局のところ逆らいきれない。
 ディバイザーはフォローを入れてはくれないし、結局のところ反論したところで意味もない。
 は泣く泣く愛機を奪われて沈黙するしかない。じろりとユゥジを恨めがましく睨んでみても、「あー無理無理」とあっさりと断られてしまう。


「ほら泣くな泣くな、後でなんか奢ってやるから」

 ぽんぽんと頭を撫でられは即「新しいOS」と言うのだがそれ以上にユゥジにばっさりと却下と切り捨てられる。文句を言うがそれに対してもユゥジはのらりくらりとかわしていく。
 女の子らしいものを頼め。ユゥジの反論には唇を尖らせて「Amazonで頼むとお金かかるし、本土買いにいかないとないんだもん」とぶつぶつ文句を続けている。反省の色はまったく見えないのが彼女らしいといえばらしいのだが、ユゥジからすれば悩みの種だ。本当に簀巻きにして部屋で寝ることを無理矢理強いることも考えたが、そこまでしてしまうと流石に大人げがない。

「いや、っていうかパソコンは支給されるし、そもそも経費で落とせるもんじゃねえか、お洒落しろ!彼氏作れ!」
「むっ…彼氏ぐらいいるんだから!」
「誰だよ」

 リズミカルな会話に思わず口からでまかせをは口走ったが、それを更に追求されてしまう。
 なぜか気づけば異性論について語る羽目になる。は視線を泳がせるがユゥジはしれっと指摘を続ける。ディバイザーは相変わらず紅茶を飲んでいるのだが、時折口を挟み、相乗効果が続いていく。

「ら、LAG関係者……じゃない人」
「嘘だろ、それ絶対嘘だろ。お前みたいなパソコンオタク付き合えるのLAGん中ぐらいだし、もうソーイチローとかオペレーターとか顔いいんだからそっちにしとけよ」
「えっ無理」
「即答かよっ!」

 怒涛なまでのノリツッコミに、だんだん辟易してきたは頬杖をついた。いつものユゥジらしかぬというべきか、いや、寧ろこれが素なのかもしれない。
 普段は兄ぶっていても、彼だってまだ成人して一年の人間だ。考えてみれば子供っぽい一面があったって可笑しくはない。
 ぼんやりと彼女が彼の話に耳を傾けていると、「それともライダーん中で気になるやついたか?」と真意を汲み取るような、探りを入れるような形で彼は尋ねた。
 その問いに対しては暫し考え込み、小さく、さぁ、とだけ答えた。露骨なまでに違う反応にユゥジは目を丸くし、えっと問い返す。こんな反応がくるとは思わなかったのだろう。はそんな驚いたユゥジに苦笑いを落とした。

「いや、気になるというかね」

 だが、彼女のフォローの言葉は意味なく終わる。
 ディバイザーの容赦ない一声によって。

「ほう、恋路に迷うとは小娘らしいところもあるではないか」

 しばらくの沈黙。ディバイザーの紅茶をすする音。少したっての「は? あ、いや、そうじゃなくて」というのフォローの言葉も、ユゥジがはと現実を取り戻したことによって意味なく、泡沫のように消えていく。

「そーだな。意外意外。ほらほらお兄さんに正直に言ってみろよ、相談になら乗るぜ?」
「何でユゥジ、そんな乗り気なの!?」

 ぐいぐいと冷やかしのように肘を何度かに向けて突っつき、にやにやと悪巧みをしたような笑顔を向けるのだ。
 更にライダー一人一人の良さを熱弁し始め、慌ててはそうじゃなくて……と何度も何度も否定の言葉を上げる。……が、当然のごとく、無視されてしまう。
 タクトは根は真面目だけど天然だし、ヒロはあんな可愛い外見しておきながら毒舌だし、ヒジリはちゃらそうだけど中身いいやつだし、カズキもぶっ飛んでるけど悪いやつじゃない。
 フォローになっているのだか、なっていないのだか。

「だから人の話を聞いて!」
「ヨウスケはお前も十分知ってるもんな。飯食ってるし」
「……いやだからね……」
「あっもしかしてもしかしなくてもヨウスケか!」

 人の話を聞いてくれない。ずいぶんと昔に人材派遣のオー人事、オー人事、というコマーシャルがあったような記憶があるが今なら同僚に対してのこのやるせない気持ちをそちらにかけてしまいたい、なんては内心頭を抱えた。
 そもそもこういう色恋沙汰は女性側が楽しんでする印象だというのに、ユゥジはどうしてこうもノリノリなのだろう。
 そんな疑問符が浮かんでも、考える余裕を彼は与えてくれない。
 しかも、何だかヨウスケとの関係を邪推されかけてまでいる。慌てて「ちがーう!違うよ!っていうか人の話本当聞いてー!」とぶんぶんと手を振る。ディバイザーまでうなずいてしまっているからタチが悪い。

「待って、本当なんでそうなるの!?」
「えっじゃあ俺か?いやぁモテる男は辛いねぇ」
「なるほど、ユゥジを選ぶとは中々見る目があるな、
「聞いて!私の話聞いて!」

 あまりに必死なの顔を見てユゥジは笑って「だってお前がライダーの中で気になるやつがいるっていうから」と彼女の頭を小突いた。
 はいやいやいや、と手を思い切りぶんぶんと振って精一杯の自己主張を唱え続けている。客観的に見ていれば無茶振りを続けるユゥジに振り回されているなのだが、どうやらユゥジから見ればそうでもないらしい。

「言ってないよ!ただ人間としてみんな尊敬してるよって言ってるんだよ!」
「なんだよ、紛らわしいな」
「紛らわしくしたのそっちじゃない……」

 はぁ。
 重々しい溜息が零れ落ちた。ようやく伝わったことへの安堵感と、疲労感。パソコンを奪われてからの時間がやただと長く感じられる。
 けれど、ユゥジの言葉はとてもまっすぐの心に突き刺さる。彼がどこまで冗談で、どこまで本気で話を進めているのかはには分からない。今もこうして「何なら俺にしておけば後悔はしないで済むぞ」と笑いを堪えながら言うから頭が痛くなる。
 ああでもないこうでもないという論争を続けながら、ふとはひとつの疑問にたどり着いた。の恋愛面に気をかけているユゥジ自身の恋愛はどうなのだろうか。それとなくが尋ねてみると、ユゥジは顎に手を当ててしばらく考えた後に好みのタイプをぽろりと口からこぼした。
 『家族になってもいいと思える子』
 その発言に目を丸くして、これでもかという勢いでは彼を見据えた。彼女の視線に気づいた彼は彼女に視線を向ける。結果的に視線と視線がばち、とぶつかりあった。

「ハードル、高いよ!」
「ええ、そうか?」

 それはつまり遠まわしにプロポーズに繋がっていることに、彼は気づいていないのだろうか。は彼が将来的に迎え入れる“家族”になる人間のことを考えてみて、イメージがつかなかったから結局首を軽く振ることで直ぐに考えを切り替えることにした。
 ざぁ、と少し離れた細波の遠い残響が耳に届く。

「……ま、つまりお互い苦労するなーってことで」
「そんな結論?!」

 波音に耳を向けて、すう、と深呼吸をすると体がしゃんと伸びていく感覚を覚えていく。
 ユゥジのストールが僅かに潮風に揺れ、ディバイザーの「お前たちはよく悩むな」と呆れたような楽しそうな声が漏れる。紅の世界と蒼の世界で価値観が違うからこその面白さなのだろう。は小さくふう、と息をつくとぐっと背伸びをした。

「さてと、仕事いくかなぁ」
「お前さっき俺と話したこと忘れてるだろ……」

 ユゥジの小さなツッコミには「ばれたか」と少し子供のように悪戯っぽく笑い返した。
 細波の音。
 エメラルドグリーンの揺れる海と、濃い紅茶。
 それらを目に、耳に、脳裏に焼き付けるようにして、とユゥジは遠く……おそらく、同じ場所に視線を向け続けた。

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