狭間の眠りから目覚める



 目覚めた深紅の世界に、ゆっくりとは目を覚ます。胃酸の独特的な酸っぱい味が口内に広がっており思わず咽込みながら「うえぇ」と小さくうなった。
 起きたかね。
 低い声にゆっくりと はふうと溜息をついた。周囲を見渡せば見覚えのない世界。けれどその世界の中で唯一見たことのある男の姿があった。

「――最、悪」

「相変わらずのようだね、フィアター、ツァール・フィア。

 フィアター、ツァール・フィア。
 そう呼ばれたことに不快感を顕にしながら は重たい瞼を何度か瞬きすることでゆっくりと視界を確かなものにする。
 ここはどこだ。いや、その質問は無意味だ。なぜなら彼はここが「どこ」だかを分かっている。LAGだ。そして彼は元上司、石寺。自分のおかれている状況を判断すると気だるげに体を起こした。

「なぜ、僕を起こしたんですか」

「君を起こしたかったのではない。正しくは君のパートナーであるサブスタンスを起こしたかっただけだ」

「……ゴールデン、スランバー」

 黄金のまどろみ。
 その名前に石寺はにこりと笑みを浮かべることも無くこつこつとに近づき、彼の手をぐいと引っ張った。あまりの痛みに思わず彼は顔をゆがめたが、すぐにその双眸で石寺をにらみつける。
 明らかに色の違う片方の瞳は石寺を、まっすぐに見つめていた。

「理由は簡単だ。次のゲームで私たちは決着をつける。……君にはその駒として動いてもらいたいのだよ」

「お断りします。わたしたちは」

 コールド・スリープ。外見の変わらぬまま眠り続けた彼らの月日は長い長い月日を知らない。
 過去の姿のまま、戦っていた彼らの瞳は石寺を見据える。四代目のスカーレッドライダー。歴史上、戦歴上彼らは全滅し、死んでいる。けれど彼は生き残った。自らの精神崩壊と世界の平和を天秤にかけて、守られたように。
 金色の瞳が、石寺を見据えている。

「麻黄アキラ。彼女に再び指揮をとらせる。……この意味が分かるかね」

「……彼女を、傀儡にするつもりですか?」

「何を今更な。我々を新世界へ導く箱舟を用いることが出来る唯一の存在なのだよ」

 アキラ。

 は顔をゆがめ、アキラ、ともう一度彼女の名前をつぶやいた。死して尚、永い眠りにつくことを許されない少女。
 ゲームを何度もリセットし繰り返される画面の向こうの主人公のような立場の少女。断片的に覚えている彼女との記憶には重たい唇をゆっくりと開いた。

「それで、僕に何を求めるんですか」

 「僕」と「わたし」

 入れ替わり立ち代りころころと変わる言葉。
 それは彼のひとつの心の中にもう一人のサブスタンスが入り込んでいるからなのか。それとも、どちらとも同居した上での融合がされきってしまっているせいなのだろうか。 石寺は少しだけ笑う。その笑顔の薄気味の悪さに は内心舌打をするが、彼はそれを無視し朗読のように言葉をつむぐ。

「先ほども言っただろう、君はこの世界を【青】にする駒のひとつだと」

「……アキラに僕が選ばれたところで、何も変わらない」

 彼女が選ぶのは「紅」か「青」だ。
 そして、そのどちらにも自分が存在できないことをは知っている。それは魂の融合が故のこと。彼は今の「どちらでもない」場所ででしか生きられない。
 わかっていることで、知っていることだ。彼女と「共に」生きることはもう彼には出来ない。
 そんな彼の心中なんて手に取るように分かっているのか石寺は言う。君に選択権などないのだよと。

「君にゼノライダーを渡そう。…どう使うかは君の自由だがね。LAGでの学年対応も出来た。ISとは別にしておいたが、彼女との接触は試みれるだろう」

「……ずいぶんと手際がいいですね」

「君は君が起きるまで、随分と暴れまわってくれたからね」

 意味が理解できず眉を顰めると彼はそのまま「宿舎に関しては甘粕君に聞いてくれたまえ」と言い残し去っていった。取り残されたは暫く感じていなかった外界の空気に触れ、思い切り息を吸い込んだ。たくさんのチューブに繋がられ、いったいどのくらい眠っていたのか分からない。


「――おうごんのねむり を 彼女に」

 今の彼女は過去の彼女ではない。

 その話を聞かされた時のことを思い出した。四番目の少女は自分の前の自分を知らない、と首を横に振って、当時三代目のライダー関連の残された機密情報を知って錯乱していたことを思い出す。今指揮を執る彼女も、おそらくはが知っている少女ではないだろう。
 自分が恋焦がれた、慕った少女ではない。同じで、違う。その寂しさと守りきれなかった自分に奥歯をかみ締めた。

「レゾナンス解除」

 解除するとがくん、と思い切り力が抜けて彼は思わず自分が眠っていた酸素カプセルの淵に手をついて体を支えた。その彼の足元に、今までいなかった人とは異なる体を持ったものが現れる。

 急速に加速していき、記憶の欠片を紡ぎ合わせていく。まるでパズルのピースのように、ひとつ、またひとつ。

「……ゴールデンスランバー、また、力を僕に……」

「それが、あなたの決断なら」

 金色の掌が、彼の手を掴む。は小さく笑った。
 まだ、自分に残された命があるのだというのなら。やるべきことがあるのだというのなら。そのすべては、彼女のために使いたい。

 ――そう、彼は願いゆっくりとその扉を開いた。


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