きらびやかなシャンデリアに、真っ赤な絨毯。タキシードにドレスの男女が談笑を交わすサロン。差し出されたシャンパンを受け取りながらは周囲をざっと見渡す。
ここにパートナーとしてを引っ張ってきたパトロンの教授は恐らく誰かと話でもしているのだろう。パートナーを放っておくなんて如何なものかと言われることも多いが、彼のそんな軽いフットワークが嫌いではない。
寧ろ深い入りをして何か荒でも探そうとする人間や評判を落とそうとする人間たちに比べれば実に付き合い易い。そしてなにより、自分を立派な「レディ」にしてくれようとしていることもあってか教授には感謝している。口の堅い、頭の固い人ではあるが、決して嫌いではない。細君を連れてくればいいものを、そういったところはとんと苦手なのだろう。
随分と言っていることとやっていることが違うのだが、それもまた彼の良さに違いない。
言いよってくる下心がある男たちを軽くあしらいながら、周囲に視線を送る。今日はここでゲストとして歌を歌う招待を受けている。例の議員に対しては余り良い感情は抱いていないが、立場上断ることもできない。を贔屓にしてくれていることもは解っている。下卑た笑いが耳にこびりついて離れない上に吐きだしそうな嫌悪感を抱いていても、自分を高く評価している人間に違いはない。
グラスを傾けると、ぱちぱちと炭酸がはじけては消えていく。泡沫とはこういったことをいうのだろうか。
「あれ、じゃないか」
「……あら、珍しいわね、新聞記者さん」
フォーマルスーツを身にまとった青年には微笑を交わす。青年は苦笑をして仕事だからね、と言う。彼とは顔を何度か合わせたことがある。それは陽だまり邸であったり、劇場であったり様々な形でだ。
しかし、こういったパーティで顔を合わせるのは珍しい。少し居心地が悪そうに苦笑を浮かべているベルナールの表情は少しばかり青い。知り合いに会うとは思っていなかったのだろうか。シャンデリアの下でくるくるとピンクだのブルーだのナイトドレスをはためかせて愛想笑いを浮かべている女性たちはちらちらとベルナールに視線を投げかけている。
どうやら彼は社交界では、淑女たちに人気がある人間のようだ。
「、君はどうしてここに?」
「招待状に書かれていなかった? 私は今夜のパーティのゲストよ」
「ああ、なるほど」
それは楽しみだ、と彼は笑顔を浮かべて言うが、その言葉に心は込められていない。
何かがあったなとはその時点で察したがあえて何も言わないことにした。そこまで聞くほど自分も野暮ではない。
「それで、あなたはパートナーはいないの?」
「ああ……今少し席をはずしているよ」
「もしかして、アンジェリーク?」
天使の名前を持った少女にも面識がある。丁寧で、恐らくは育ちの良いお嬢様だ。ふんわりと笑ったその姿がとても白百合のような雰囲気を持っていて、見るものを安堵させる。
ベルナールは首を横に振って「彼女じゃないんだな、残念ながら」と笑う。は首を傾げた。ベルナールが女性を、それもアンジェリークではない人間を連れてくるなんて珍しい。
ふと、そのとき。人垣の中からレモン色のドレスに藤色のストールを巻いている女性が言いよる男たちに愛想笑いを浮かべながらやってくる。随分と騒がしいと思っていた輪の中心はどうやら彼女のようだ。ふわりと長い髪の毛をアクセサリーでとめており、切れ長のアイラインは男を魅了させる。
アンジェリークとは対照的な、どこか少し妖艶な雰囲気がある女性だ、とは彼女を見て思う。
ベルナールの存在に気付くと女性は「パートナーがいますので、失礼いたしますわね」とにっこりと男たちに笑顔を浮かべて此方にやって来る。するとベルナールがひょい、と手を上げた。
「遅かったね、まったく、待たされる僕の身にもなってもらいたいんけど?」
「……ベルナール、こちらがあなたのパートナーの方?」
琥珀色の瞳をしたその「女性」にどこか見覚えがあった。随分と顔立ちが良い。すらりとした足に、ふわふわと柔らかい髪。しかしこれほどの美人なら恐らく見たら忘れないはずだ。
けれどどこかで見た、即視感は拭えない。凝視することは失礼に値するので一歩引いた形ではベルナールのパートナーを見据えているが、ラベンダー色の髪をした相手は困ったような顔を一瞬だけ見せた後に直ぐにすっとその手を差し出した。
「、ね。貴女のことはベルナールから聞いているわ」
「貴女は?」
「私はロシュアンヌ。あなたのファンの一人――といったところかしら」
ぱち、とウインクをしてみたその姿は随分と美しい。けれど、拭いきれない違和感には何とも言えぬ顔をしてロシュアンヌと名乗った女性を見つめる。
琥珀色の瞳。朱色の紅を塗った唇。手は女性であるの「それ」とは違う。デジャヴがぬぐいきれない。けれど、どこで?はそこまで考えると一瞬頭をよぎった青年の名前をぽつり、と呟いた。
「――ロシュ?」
ロシュアンヌ。随分と安易な名前だ。彼らしいと言えば彼らしいのかもしれないけれど――ああ、道理で。妙に彼女は合点がいき、握っていた手をより強く握った。
間違いない。彼はロシュだ。確信するとは対比的にロシュアンヌは慌てて視線をからそらし切っている。ごまかしが下手な男だ。よくそれでパパラッチなどやれるものだとも思うが――考えてみればロシュはまだ十七歳の若者だ。
「これはどういうことなの?ベルナール」
「あ、ああ……実は、少し気になることがあってね、協力してもらってるんだ」
「……ということは、やっぱり貴女、ロシュね」
ぱ、と手を離すと少しだけ手が赤くなっている。ロシュはその大きな背を縮めて「お前にこんなとこ見られたら笑われるからだろ!」と小さく非難の声を上げる。その口調は完璧男物のそれだが、彼女の外見から迫力は半減以下だ。
「つかお前なんでここに居るんだよ……」
「ロシュ、口調」
「……どうしては此方に居るのかしら?」
ベルナールが正すと、ロシュは不機嫌をあらわにしながらもにこりと笑顔を浮かべた。どうやら報酬も貰っているらしい。
きらきらとドレスが光る。眩しかった。
は笑顔を作り「歌を歌いに来たのよ」とロシュに言い返す。ロシュは驚いたが、妙に納得しその目をきょろきょろと見渡すことに使う。
彼女の目的は歌うこと。しかし彼らは違う。何があったのかは分からないが――深入りはしない。
会話が途切れかけたとき、の後ろから教授の声がした。どうやらやっと教授のお出ましのようで、彼女はやれやれと溜息をこぼし、彼ら二人にひらりと手を上げた。
「ごめんなさい、パートナーが戻ってきたみたいだから私はそちらに戻るわ。二人とも、危ない真似をするのも程々にね。ごきげんよう」
何を彼らが狙っているのかは分からないが、目的はではないらしい。彼らが何をするかは興味こそあったが聞かなくても良い気がした。聞いたところでどうせ教えはしてくれないだろう。
教授はに気付くと「何か良いことがあったのか?」と尋ねた。
「何故です?教授」
「顔が笑ってる」
「ふふ、面白い友人に会ったの」
面食らったロシュの顔は普段飄々としている彼を「少年」に面影を彩らせた。可愛いものではないか。教授はそんなを見て呆れたのと同時に古い友人として一人の男とそのパートナーを紹介しよう、と言う。
資産家の男とそのパートナーには見覚えがありすぎて、笑いしかこみあげてこない。二人はの顔を見て「あ」と少女が小さい声を上げ、紳士は最初からわかっていたかのように頬笑み会釈をしてみせる。
ああ、今宵は随分と知り合いの会う夜だ。不思議なもので、それが嫌ではない。は天使の名前をもう一度、呟いた。
2011.04.05