月見酒に恋は浮かぶ
「もー秋なんだなぁ」
むしゃむしゃと月見団子を食べながら胡坐をかいている龍馬を横目には溜息をひっそりとついた。いきなり「団子を買ってきたぞ!」と言い出すので何事かと思えば就寝体制に入っているを叩き起こし月見に付き合わせる。
明日は早いと言っていたのは何処の誰ですか。そう刺々しく尋ねると「誰だっけ?」と返ってくる。
いつも龍馬とのやり取りはこんなものだ。頭を抱えられるのはばかりで龍馬はどこ吹く風で、いつも飄々と物事をこなしている。そんな龍馬が尊敬出来て、苦手だ。は持っていた枕を使って横になれば「はしたないぞ、」と笑われる。
はしたなくても、と龍馬の間に恋愛要素が皆無に等しいのが悪いのだ。龍馬の姉の乙女と龍馬の関係にきっとそれは近い。
「いいんです、眠いから」
「風邪ひいちまうぞ」
「呼び出したのは坂本さんでしょ。風邪ひいたら瞬君に言いつけます」
「ははは、お嬢呼ぼうとしたら怒られてなー、なら酒も飲めるし」
何事も無く枕を横にするにぽんぽん、と頭を叩く龍馬は兄そのものだ。
その兄の顔がは苦手で仕方がない。満月がいつもよりも綺麗に見えて、満月に照らされる龍馬はいつもよりもずっと大人びて見える。そして飲まされた酒が思ったより強いからか、世界が回る。
世界が回るので、彼女は瞳を閉じる。決して泣きそうになったからではないのだ、と自分に言い聞かせて、ゆっくりと溜息を零した。
「……馬鹿じゃないですか」
「んーそうだなあ」
「寂しいなら側に居てくれって言えばいいじゃないですか」
お嬢は、雪のように消えてしまったのだといつだったか酒の席で龍馬が呟いた言葉をは覚えている。そのお嬢に似た、彼曰く「お嬢」であるゆきに出会ったのは運命か必然か、わからないがのような未来人が他にも居ることはにとって悪いことばかりではない。
けれど、龍馬は時折今までゆきに出会った時に観たことのない顔をするようになった。
大人の顔だ。男の顔だ。
その顔が、苦手ではふいと顔を背ける。中岡には恐らくもうバレているのだろうから、仕方が無いのだが当人はゆきしか見ていないので問題はないだろう。実際は大ありなのだが、としては問題ない。
「おいおい、随分と口が達者になったなあ」
「誰かが酒飲ませたからでしょ、全く」
「はは、悪い悪い」
「いいですよ、慣れっこだから」
ごろん、と寝返りをうち天上を見あげれば心配そうに此方を覗いてくる龍馬の顔があり、そのままは両手を上につきだした。
べしん、と鈍い音がする。きょとんとした龍馬にはふふ、と小さく笑い返した。ああ、こんなにグラグラと頭が揺れるなんておそらくはきっと、酒が回っているせいだろう。月明かりに人は惑わされるというからきっとそれも原因の一因だ。
「坂本さん」
「なんだよ、あー痛ぇ」
「限界になったら教えて下さい」
「なんだそれ、酒か?」
は何に対してかは答えず、小さく笑った。まるで子供のような笑い方に「しょうがねえやつだな」と頭をわしわしと撫でられる。
いつもこうだ。
二人の関係は兄と妹で、同輩で、同士で、師弟で。様々な関係が混ざり合い、そして融け合う。けれど、本当は物足りない。本当は、もう一つ欲しい物がある。
は彼の手首を小さく掴むとにい、と笑った。
「待っているのが限界になる前に教えてくれたら、迎えに行きますよ」
ちゅ、と掌にくちづけを落とすと、そのままは「おやすみなさい」と眼を閉じてしまった。
何を言い出しているのか、何が起きたのか分からない龍馬は呆然と眠るを見つめ、そしてやがて「なあ!?」となんともいえぬ声を上げ、を叩き起こそうとしたが不機嫌そうに目覚めたが「うるさいです」と一言だけ言い二度寝をしてしまい以降ぴたりと彼女は起き上がることをやめてしまったので真意を聞きそこねてしまった。
唐突すぎる。
何をどうしたらいいのか分からず呆然とを見つめていたがはすやすやと自分のお猪口を握りしめて眠っている。
「もなあ、なんで俺なんだ、お前さん」
趣味悪いぞ。小突いていってみるが彼女は返答しない。彼女の好意を聞かされた龍馬は驚きこそしたが、けれど彼女が何も変わらない口調で言うものだから笑ってしまった。
動揺しているのは自分ばかりで彼女は至って普通。不思議なものだ。どうやってもに振り向くことはないだろう、それでもは待つというのだろうか。目覚めたら何から文句を言ってやろうか。
頭の中を色々なことが駆け巡るが、最終的に龍馬は笑うことにした。
らしいといえばらしい。そして、自分らしいといえば自分らしい。
「待っててもいいことないぞ、嫁き遅れるし」
余計なお世話です、と彼女はいうのだろうか。
「俺は、昔も今もお嬢しか見てないぞ」
更に加えれば、後日本のことしか考えてないですよね、と呆れて言う彼女が想像出来て妙におかしかった。
全部分かって全部認めて、全部受け止めて、背中を押して、ついでに早くしろと急かした上で言うのだからわかりにくいったらありゃしない。
くつくつと笑い、酒を煽る。
「」
俺もお前も、素直じゃないな。小さく笑って団子をもう一つ、龍馬はひょいと口の中へ放り込んだ。