ひとつの幕引き
「坂本さん!」
バタバタと忙しそうな足取りで襖を勢いよく開けるとはゼーゼーと息を切らせ、坂本を睨みつける。坂本本人は胡坐をかきゆったりとした態度で酒を飲みながら何やら書状に目を通していた。
が来たことに驚いた表情をしたかと思えば直ぐにいつもの余裕のある笑顔を浮かべるばかりで、はぐったりと襖に寄りかかりながらああもう、と小さく呟く。
「どうしたどうした」
「――……今すぐ、ここから離れてください」
ゆっくりと、だがはっきりとはそう言うと彼を庇うようにして今来た道を振り返る。
今来てきた道でみたものを言葉にしなくても悟る頭の切れの良さをは知っている。だからあえて言葉にはしない。
怨霊、ならばよかった。坂本は八葉なのだから、まだ食い止められる。もまたゆきの力を微力ながら支えることが出来る。けれど、やってきているのは怨霊ではない。
顔面蒼白なを彼は笑わなかった。の背中を見て何を思ったのかはには分からないが、坂本は「莫迦だな、お前も」と笑うばかりだ。傷口がふさがり切っていないのもあるだろう。養生しろとあれほど言ったのに、ぎりりと歯を食いしばりは持っていた短刀を抜いた。
「」
「はい」
「お前こそ逃げなくていいのか?」
彼の問いはひどいものだった。
けれど、それをはとがめられない。少しばかり沈黙を守っていたが、は振りかえらずに小さく呼吸を整えた後「私の居場所はここしかないですから」と淡々と、極めて冷たく言い放つ。言葉とその先にある彼女なりの優しさに坂本は「やっぱりお前って馬鹿だな」と笑うばかりで逃げる素振りもしない。
ここまできたら運命共同体だ。今更なのだ。御互いに。
「逃げないんですか」
「お前置いて逃げるほど俺は薄情じゃねえぜ?」
「作戦其の一・いのちだいじに、じゃなかったんですか」
どこかのロールプレイングゲーム風に。は小さく笑ってそう付け加える。その言葉の意味を坂本は理解し得なかったが小さく笑って「だから残るんだろ」との頭をこれでもかとばかりくしゃくしゃに撫でて銃を取り出しに並ぶ。
お前の剣術じゃ心配だらけだ、と付け加えて笑う坂本は兄のような、父のような、自信たっぷりの余裕を持っていた。――勿論、汗は出ていた。それほどに深い傷だったのをは知っていて、それを追求できない。
(分かっていたのに)
どこかで彼が死ぬタイミングを。握りしめた短刀が小さく揺れる。はすー……と息を吐いた。
過去は戻せない。過去に戻れない。は戻る力を持っていない。彼女は覚悟を決めた。坂本はに逃げ道を示したが彼女は逃げ道を選ぶことはせずに坂本の前に立って彼に道を示す。けれど坂本もまた、を切り捨てることは出来ない。
足音が近づいてくる。ふたつ、みっつ、それよりももっと、もっと多く。
「――――ゆきに、何て言うんですか? こんな姿」
「なぁに、そりゃこいつらを倒してから考えればいいことだろ」
「……ああ、中岡さんに何て言い訳すればいいのやら」
の叩く言葉に坂本は「違いない」と笑うばかりだ。不思議なほどに空気は穏やかで、今から来る陽炎たちとは違いすぎている。
恐らく、坂本は陽炎になることはないだろうとは確信し、白の宰相に心の中でざまあみろ、と呟いた。
ゆらゆらと揺れたろうそくの灯はやがて足音と共に揺れを大きく見せ――ふつ、と消える。
舞落ちる雪のように、静かな心で、それに反して騒々しい夜だった。
2011.04.24
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