たいがぁ あんど どらごん
「
、
、
どこいった」
「いますよ、何ですか」
山のような本の中でひょっこりと彼女が顔を覗かせると坂本はその木刀を差し出してきた。その瞬間、
は
顔を真っ青に変えてぶんぶんと首を横に振る。
間違いなく、自分の体力をつけさせようとすることなのだろうが……嫌な予感しかしない。むしろそれしか道が見えない。慌てて中岡さん、と彼の隣にいた人
間に声をかけるが彼は表情一つ変えずに「頑張れ」と言うだけだ。
坂本龍馬。中岡慎太郎。歴史上のそうそうたる面々を相手に剣術なんて冗談じゃない。
は
首を振るが、龍馬は挑戦的に笑顔を浮かべて胸の前で腕を組む。こうなった時に彼にかなうわけがない。
「逃げるのか?」
「これからの時代、勉強のほうが重要になるんじゃないんですかね」
ペンは剣よりも強しって言いますよね。逃げ腰になりながら言う
の
姿は全く持って威厳なんてものもない。寧ろ肉食動物に追いかけ回されている草食動物のようだ。
そして彼女の主張としては何処からどう見たって男女の差異の他に経験の違いもある。ぶんぶんと首を振ると仕方ないな、と坂本は肩を竦めた。
空は快晴。雲ひとつない。山のような本から何を捜しているんだと持っている本を一冊拾い上げて中岡は嘆息する。
坂本は腰に手を当てて
に
しゃがみ込むと彼女はまだ何かを捜しているようだった。
「何してんだ?」
「部屋の片づけで時系列順に本並べてるんです」
「……んなもん適当でいいじゃん」
「全く微塵もよくないです」
なんでそうなんですか、坂本さんは。
憮然とした表情を浮かべ、本の向きをそろえると
は
その本を再び並べ始める。
いかんせん
が
神経質なだけな気もするのだが、坂本はけっしてそれを言葉にしない。中岡も考えてみれば似たり寄ったりだ。そしてそんな二人は自分に割と容赦がない。特に
。
「なぁ
、
稽古付けてやりたいんだが」
「嫌です」
「お前な、俺と たいがぁ あんど どらごん になるんだろ!」
「いつそんなこと言いましたか、一切言った覚えないですからね」
タイガーアンドドラゴンとは竜虎のことを指す。それというのも竜虎という単語に対して
が
英語での読み方を教えてしまったのが原因だ。
しかしそれだけ聞けばどこかのドラマのタイトルのような気もするし、何より軽い。竜虎と、タイガーアンドドラゴンでは響きも、そこからイメージするもの
も変わってくる。
……が、坂本はどうにもそんなことは気にしない性格らしい。
そもそも龍虎の意味とは武田信玄と上杉謙信のような英傑同士のことを言う。
と
坂本では何もかもが違いすぎる。そこを分かっているのだろうか。ちらりと頭をよぎったが、多分間違いなくこの男は分かった上で無視しているのだろう。中岡
はそしてそのことに気付いている。
ああもう仕方がない。意を決したかのように
は
顔を上げると坂本に一礼する。そして差し出された木刀をおもむろに握りしめると「ハンデはありでお願いしますね」と姿勢を正して言う。
「おっ、やる気だなー、そうこなくちゃな! たいがぁあんどどらごんになるにはお前が強くなくちゃ面白くないしなー」
「だからタイガーにもドラゴンにもなりませんからね!」
何度目になるのか分からないその言葉のやり取りに思わず中岡が噴出し、慌てて咳き込むと
の
持っていた本を受け取り、障子を開けた。
その瞬間に目いっぱいに広がる青い空。あまりの爽快なまでの青さと眩しさに
は
ほう、とため息をこぼし持っていた木刀を危うく落としかけてしまう。
「折角だ、庭でやるか」
「……ハンデありで頼みます」
彼女の呟きが坂本に届いたのかどうかは不明ではあるが、彼女が今日も今日とて坂本に振り回され木刀の一撃すら与えられなかった揚句素振り千回という苦行
を強いられたのはまた後日談である。
縁側におかれた団子と、冷えた茶が美味しかったので良しとしよう。
……たいがぁ あんど どらごん への道はどこからどう見ても遠く、険しいようだ。
彼女の断末魔が聞こえてきた、そんな昼下がりのこと。