とある書生と雨の日
「ああ、困りましたねえ、雨だ」
が顔を上げると、向かいに座っていた守の片目がぱちりと開く。出されていた紅茶はまだ熱く、彼女の手に収まっていた。
突然の驟雨に彼女は顔を一瞬曇らせたが、普段と変わらなくくるくるとスプーンを回し、守との談笑を続けていく。
守がこの屋敷に入ってからというもの、定期的に顔を出してはいるが余計な散策を他の兄弟にされぬようにと彼女は手に幾つもの化粧道具を持ってきては守の執筆活動に役に立つ話を述べていくのだ。
ここでは一切、玄一郎の言動行動については話をしない。彼の狗は喜助のみではなく、多くの使用人たちも含まれているせいか余計な一言で問題を増やすことは非合理的であるためだ。
守は同じく出された紅茶に息を吹きかけながら、淡々と雨か、とだけ返してくる。
「ええ、雨です。傘持ってきてないんですよね」
「……ふむ、傘ぐらいならばあるだろう、持っていけばよい」
テーブルの上に出されたシベリアケエキは半分ほど減っており、彼女の胃袋に収まっている。
長居しても仕方がない。
守はを極力この宮ノ杜に近づけさせないように心がけているようにも見えた。何度か屋敷を行き来しているとはいえ、彼女は暗殺にも関与しておらず、加えて宮ノ杜に対する怨恨もない。
ただ、御杜守という男に対しての流行りの情報提供者に過ぎず、その内容は当り障りのない周囲の出来事や女学生たちの噂話。婦人方の色恋沙汰ばかりだ。そんなことで彼女が命を狙われる理由もないだろう。だが、玄一郎という男は守の危惧する通りの男であり、使用可能である駒は常にいくつも常備している。
ただの化粧師である彼女が、いつ何時その「駒」にさせられるかもしれず、また知らずとしても関与していくかもしれないこと。
上記を加えてもまだ足りないほどの宮ノ杜玄一郎の行動推測に、守は小さく舌打ちを落とした。
「、兄弟に合う前にさっさと帰れ」
「ご兄弟の方々とはまだ全員とお会いしてないんですよねえ」
「会わなくて良い!」
異母兄弟である他の兄弟は守に対して何だかんだで友好的らしい。
ぶっきらぼうながらも確かに影響を受けているのだろう。初めて合った時よりも、一年前よりも、今のほうが穏やかだ。
静かに笑うに眉を動かして仏頂面になる。
「極力この家に関わるな、良いな」
「それじゃあ、どちらで話をしに往けばよろしいですか?」
「……むぅ」
みるくほーるにでも行くか。顔を顰めた守にははい、と僅かに頷いた。
驟雨はまだ降り続いている。……暫くは、止みそうにない。
2012.07.02
囁くやうな驟雨の後で