酔っ払い協奏曲


進との関係について、客観的に見た雅は「くだらない」という評価をくだしている。そんなものを逐一考えるほど暇ではないし、馬鹿馬鹿しいと思うのだが宮ノ杜家の三男である茂と、事実上四男である守が珍しく乗り気なので振り回されているのが現状だ。
何を好き好んで兄の恋路など見なければならないのか。つまらない上にくだらない。そう述べれば「ガキ」だの「子供」だの揶揄され、むかっ腹がたつ。
といえば屋敷内で仕事に勤しんでいる最中だし、進といえば目下自室で酒に浸っているばかりだ。
何がどうして休日にもかかわらずこんな状況になっているのか把握することも出来ず、ただただ彼らは振り回されており、雅は重たい溜息をついた。
実に馬鹿馬鹿しい。

のんだくれの兄の理由を聞き出すために三男は躍起になり、小説の展開を考えるのに四男は奔走し、帰ってこない次男と長男は放っておくにしても五男は発明品を考えついて図書室上にある自分の研究室から出てきそうにない。馬鹿ばかりだ。頭が痛くなる。
爪を無自覚に噛みつけると、まあ雅様、先程茂様が探しておいででしたよ、と随分とのんきな声が返ってくる。洗濯籠に真っ白のシーツを山のように敷き詰めて、今から干しに行くのだろう。

「洗濯板、持ってないわけ」
「ああ、もうこれは洗濯板で洗い終わったものです。後は干すだけですよ」
「ふうん、さっさとやれば」
「はい、失礼しました」

ゴミの分際で、と彼は心の中で吐露するが、雅自身も気づいていないのかここ最近、使用人をゴミだの虫だの何だの言っていたのが収まっている。理由は様々ではあるが、その一つとしてが入っているのは目に見えてわかることだ。けれどどうしたって認められるわけがない。認めたところで意味もなく、ついでにいえば兄の懸想をしている相手がこんな「どうしようもない使用人」だというのが認めることでさえ癪なのであるのだから仕方がない。
進が彼女に懸想をしているのが発覚したのはほんの一週間ほど前のことであり、発覚してはやれ次男による恋愛指南と称した女の抱き方だの何だのが始まり、雅は青筋を立てて何度か怒鳴り散らしたものだ。

不潔。気持ち悪い。馬鹿みたい。

何度かこの言葉を吐いたのだが、全くといっていい程に彼らは……というよりも、次男は聞く耳を持っていなかった。
そして、彼の助言も全くをもって意味を為さなかった。は何時もと変わらず洗濯物を干し、部屋を掃除し、配膳を行い、宮ノ杜家の七人の兄弟、そして当主を甲斐甲斐しくも世話を続けている。
その中の一人である四男と、何か発展するとは到底思い難かった。

「おい、お前」
「? 雅様。如何なさいましたか?」
「進が酔いつぶれてるんだけど、面倒みてきてよ」

何故こんなにも兄を気遣わなければならないのか、その理由を雅が知ることはない。
突然の雅からの命に驚いたはその足を止めて何度かぱちぱちと瞬きを繰り返した後に、ゆっくりと頷き「畏まりました」と使用人として最も適切な対応で返す。持っていた洗濯籠を持ち直し、歩いてくる浅木はるを確認して直ぐに「はるさん」と彼女を呼び止める。どうしてこうも間の悪い時にやってくるのか――……内心毒づきながらも平静を保ち、腕を組みながら雅は彼女たちの会話に聞き耳を立てる。

「申し訳ないんですが、進様のご様子を見てきていただけますか?」
「進様ですか?」
「ええ。なんでもお酒をしこたま飲んでいらっしゃるとか。私は洗濯物もあるし……千富さんには言っておくので、よろしくね」
「はい、わかりました!」

何もわかってない。
思いがけない展開に雅は二人の使用人を呼び止めた。まずい、状況はあっという間に悪化していく予感してしょうがない。
慌てて雅ははるの名前を呼び、彼女ら二人の足を止めさせるとは首をかしげている。鈍感というよりも使用人がゆえに発想に行き至らないのだろう。

、お前が行け、これは命令だよ」
「はあ……畏まりました。では、はるさん。洗濯物をお願い出来ますか?」
「はい、さん!」

彼女たちは漸く動き出し、その姿を確認すると雅は満足気に何度か頷く。はるは田舎者だからしょうがないにしても、年齢も年齢なが気づかないのは如何なものであろうか――……室内を歩きまわっていると、テラスの向こう側に三男と実質四男が並んで立っている。
彼らは一様に口をつぐみ、視線の先を同じ方向に向けているので何処を見ているのか、という問は不毛な質問なようだ。咳払いを一つすると千富か何かだと勘違いしたのだろう、びくりと肩を震わせ慌てて振り返ってくる。馬鹿馬鹿しい。これが血を分けた兄達だというのだから洒落にならない。

「お前たちってほんっと馬鹿だね、覗きなんて趣味悪い」
「いやーあははは……だってさぁ、ねぇ、守君だって本の執筆の参考にしたいだろうと俺は思ってさぁ」
「な、三男貴様俺のせいにするというのか!」

どっちだろうと最低なことに変わらないんだけど。
ざっくりと言い放った雅の言葉が二人の背中に突き刺さる。部屋の向こうではなんだか分からない酒盛りが発展しており、進に付き合わされ帰宅していたらしい次男の勇、長男の正が彼に絡まれている。捕まるなんて本当に運のない長男次男である。
馬鹿馬鹿しい。
何度目かわからないその言葉を他所に、扉をノックする音が響いた。

「進様、失礼致します。お水をお持ちしまし…………た」

途中で余りの酒臭さに彼女は柳眉を潜めたが直ぐにぐっと堪え、使用人にとってあるべき立ち振る舞いをして見せる。
急展開、と叫んでいる茂を他所に彼女が入ってきたことを確認した進はやたらといつもは穏やかに細めている瞳を見開き、震わせている。
恐らくは長男の正が声をかけていることにも彼は気づいていないのだろう。

「進様?」
「…………さん」
「はい、何でございましょう」

緊迫した空気は、直ぐに進の笑い声によって打ち消される。恐るべき酒乱。笑いながら彼女を指さし、机をばしばしと叩く姿は酒乱としかいいようのない姿だ。
正は呆れ、勇はふむ、と良くわからない相槌を打っていたがが来たことにより押し付ける相手が出来たのだろう、彼らは進のことをに任せるよう命じ、そして彼の部屋をさっさと出ていってしまった。
残される進の乾いた笑い声。目尻にほんの少しだけ浮かぶ涙が何とも言えない。

「進様、ご気分の程は……」
「あっはっは、快調ぉ〜で、ありますっ!あはははははは!」

空元気というべきか、騒がしいというべきか。進の酒癖について、当然は知っていたものの目の当たりにする度に何ともはや驚かずには居られない。普段抑圧している部分がきっとあるのだろうと片づけているのだが――陽気な笑いはどこか寂しく思えた。
水をグラスに注ぎ、進むに差し出せば彼の眼光がぎらりと違う輝きを見せる。

「――さんはぁ、喜助さんがお好きなんですよね?」
「…………は?」
「でも、自分は貴女が好きなんですよ、あは、あはははははは!」

唐突過ぎる。
そして同時には然りげ無くも重要過ぎる発言を聞いたような気がした。
当の本人ときたら水をから受け取って一気に飲み干すと次は酒だと言わんばかりに行ったり来たり行ったり来たり、チャンポンに走っているのである。
好き。誰が、誰を?
何度か瞬きをしてから、進様、と彼女はしゃがみ、椅子にだらしなく腰掛けた進を見据えた。ほんのりと赤い頬が酔っ払っていることを物語っていた。

「進様、お加減が宜しくないのでしたら、ベッドにお運び致しますが――」
「んぅ平気ですよぉ、それよりさんはぁ俺は駄目なんですかー!俺は大好きですよぉ、むふ」
「……あの」

ええと、その。
どう反応したらいいのか、寧ろこの状況下をどう対応したらいいのか、長く使用人をしていたとしてもきっと頭を抱えるであろう状況には硬直しつつあった。
誰かに好きだと言われることが驚くのではなく、だれにでも優しい進がそういうことを言うことが驚きだ。……その前置きとしての喜助と自分の中にある関係というのも、全くを持って自覚がないというか、覚えがないので困惑の理由の一つなのであるのだが。

「俺は、貴女が好きです」

妙に艶っぽく、けれどもはっきりとした声で、彼は彼女の腕を掴みそう言った。
窓の向こうが大きく音を立てて揺れたが、彼女は目を進から放すことが出来ずに居る。ゆらゆらと酒のせいで揺れているのに何処か据わった目は、彼女だけを見つめている。ああ、これは、まずい。思わずは頭の中でなる警告に頷きたくなった。
使用人としての対応をしなければと思う一方で、抗えない程の眼力と真っ直ぐの好意。
正直なところ、進のことが嫌いなわけでもなく、異性として見ているかと聞かれれば否定はできない。ただ、仕えるべき家の仕えるべき主である。……そう見ないように彼女は目を閉じていたのに、彼の手が瞳が無理矢理彼女の目をこじ開けようとする。
穏やかながらも艶っぽいその声に心が粟立つのをは感じ取った。

「――すす、む様」
「…………」
「あ、あの、私は――進様?」

別に喜助さんとは何かあるわけでもないので。
しどろもどろになりながら言う声はか細く、段々と小さくなっていく。
……けれど、進からは何の反応もなかった。
からん、と溶けてグラスでぶつかり合う氷の音が返事をするように部屋に響く。一瞬の無音の後、いびきに近い形の寝息が聞こえてきた。
が何度か瞬きをし、恐る恐る進を見れば彼は目を閉ざし、無防備にもよだれを垂らしながら寝息を立てている。普段大人びている雰囲気とは乖離している、幼い表情に思わず彼女は腰が抜けたのかへなへなと座り込んでしまう。
そんな彼女の姿など、少なからず出歯亀をしている茂や雅は見たことがなかったし、加えて言えば彼女の頬が朱色にこんなにも染まっているのは中々見れるものではない。

「これは、ねぇ、中々」
「……馬鹿馬鹿しい。ほんっと最低」
「ふむ、だがしかしこの話では続きに悩むところだな、否待てよ此処で一旦引き、雑誌掲載で続編という流れも……」

三者三様の感情など、当然や眠り続ける進も分かるわけがなく。
彼女は進を持ち上げるのを諦め、毛布を胸のあたりに引っ張りあげる形でかけると、腰に手を当ててやれやれと溜息を零した。

「――本気にしちゃいますよ、進様」

少しだけ寂しげな言葉が、部屋の中で生まれて、そして消えた。

――翌日、しっかりと記憶の残っている進が顔面蒼白でに呼びかけ、彼女が苦笑いをしたのは言うまでもない。

*樹様リク「華ヤカ:進/使用人主/主人公が男性と話している所を見てやけ酒。酔った勢いで告白」