抹茶浪漫倶楽部



茶の点て方とは、基本に忠実でさえあれば、特別難しいことはない。特に堅苦しい雰囲気を嫌う傾向人間が多い場合は形式上の簡単なものを教えることが出来る。
……だがしかし。
は偏頭痛がやまない米神をそっと抑えた。現状、目の前にいる男に茶を教えるのは些か大変のようだ。

「守様……そんなに回さなくていいんですよ」
「なんだと。だが次男どもはこのようにグルグルと回していたぞ」
「守様の回し方は速度から何から些か過度です」

ぎゅるんぎゅるんとまるでタイヤのように動かす守の手つきには冷や汗をかいた。



事は一週間ほど前に遡る。
本条院本家のトキに都内にいるからと呼び出されたが見たものは野点で不機嫌そうに茶を啜る本家嫡男であり宮ノ杜家に籍をおく、からすれば再従兄弟ほどの遠縁にあたる勇の姿。

「おいトキ、本当にで良いのか。彼奴はこの俺直々に教え込んだにも関わらずあの出来だったのだぞ」
「せやかてうちの流派で手が空いてるんは今しかおらんやろ……
「は、はい。勇様、お久しゅうございます」

姿勢を正し一礼したに勇は一瞥くれ、「うむ」と返答を返す。勇が口を口を開くよりも早く、そしてが質問をするよりも早く、トキが早々に本題に入った際、二人は口が開いていたが……説明を聞かされているうちに勇は米神に手を当て、は何とも言えぬ困惑した表情へと変貌していく。
彼女は分家である。本家の取締はあくまでもトキと、加えて彼の息子である勇が主体であり、彼女は勇にとっての曽祖父のひ孫であり再従妹なので幾ら血縁者といっても分家と本家嫡男として身分差ははっきりと一線を画する。その、本条院の嫡男である勇の異母弟に値する宮ノ杜の「本来の4男」である男に茶を教えろというのだから、無謀な事この上ない。

、あんさんは本条院の人間や。茶もちぃさい頃から自分でようやっとった。あての茶会にも欠かさず出てはる」
「は、はぁ」
「今本家はバタついてるのは、分かりますやろ?」
「大凡は母から伺っております」

本家がばたついている理由は諸々だが、少なからずの両親が忙しそうに動いていることをは知っている。先日の茶会も中止になるほどに忙しいとあれば相当だろう。トキはの反応に何度か頷き、せやから、と言葉を続ける。
本家がばたついており、本家の人間は今皆手が離せない、故に分家の人間に頼ることになるが分家の茶で教えることが出来る人間は限られ、しかも本家への手伝いに駆り出されることも考えれば残っている人間で適材だったのがである。
故に、これからしばらくの間宮ノ杜家に出入りをするように。

「……わかりました」

この時、何が何でも断ればよかったのだろうか、と今となってはは宮ノ杜へと向かう車の中で後悔した。
勇曰く、宮ノ杜守……基、自分では御杜守と名乗っているらしい男は昨年の勇の負傷の元凶であるという。
瞬間彼女は顔面蒼白になり勇を凝視したが、再従兄弟は至って平然としている。命の危機があったというのに何故彼はこんなにも平然としているのか、そして御杜守という人間はどんな危険な男なのだろうか。身構えたに待っていた日々は、彼女の予想を遥かに凌駕する慌ただしいものであった。





「そもそも、お茶は相手をもてなすためのものです。にも関わらずそのようにぐるぐると回されては……」
「うむむ……」

茶の点て方、飲み方。茶道としての基本の動き。それらをきちんと叩きこむようにと命じられて早一週間。事の次第を守に説明すると顔を渋め原稿があると突き放されたものだが、どうにかこうにかにも建前があることを理解してもらい、現在に至る。茶室での彼に対する指南は中々に難しい。……少なからず、足を痺れさせずに座るところから始めなくてはならないという事実に気づき、が遠い目をしたのは言うまでもない。

「茶など飲めたところで何にもならんではないか、和むだと?次男を見よ、あれのどこが和んでおるのだ」
「勇様はああいった御方ですから……。お茶の作法は流石本条院御本家嫡男らしく、お見事ですよ」
「ふん、呑気なものだ」

元々、人というものは呑気に出来ているものなのです。諭しながら言うに守は眉をひそめた。
眉を顰めた守に対し、は特に何かを言うわけでもなく、新しく茶を点てはじめる。粟立つ抹茶が妙に鮮やかに彼の目に留まる。

「……もてなすものであるのならば、普通に飲んで良いのではないか」
「守様……何卒ご容赦頂けませんか?」

申し訳なさそうに言うに、うむ……と曖昧な言葉で濁しながら守は茶を先程彼女の言った作法の通りで飲み、「結構なお点前で」と苦い顔で言った。……とても「美味い」とは言えないような表情で、思わずは苦笑いを浮かべた。

「このようなことを言うのは申し訳ないのですが」
「なんだ」
「……その、あまり、似ていらっしゃいませんね、勇様と」
「ふん、あんな男と似てたまるか」

俺は常識を持っている。さらりと言い放たれた言葉に、再従兄を思い出してまぁ、と何ともいえぬ声を上げた。
足を胡座に変えながら守はの顔を見ると、彼女は抹茶をうまく片付けながら守の視線に気づき、何でしょうと首をかしげる。似ていないというのであれば彼女と勇は微塵も似ていない。そう指摘すればきっと「まぁ、遠縁ですからね」と曖昧に笑うのだろう。

「本家だ分家だの何だの、ここは面倒なところだな。澄田も、本条院も」

難儀なことだ。他人ごとだからか、どうでもよさそうに言う守には曖昧な返事を返すことしか出来ない。事実、本条院も澄田も、宮ノ杜も、何かにつけて慌ただしい。は本条院の分家なのだから当然本家を立てつつ分家としての動きも必要になってくる。
再従兄弟であるにもかかわらず勇を「様」付けするのは本家と分家が明確に差があるからだと言う。

「……時に、
「はい、何でしょう守様」

話の腰を折るように、守は困惑した顔をしている。先ほどとはまた違った何処か愛嬌のある表情に、何度か瞬きをした後、思わず口元を綻ばせた。
彼の元にあった羊羹が、無くなっている。気まずそうな顔につられて笑えば笑うなと慌てて叱咤されるが、そんな姿もどこか微笑ましい。

「申し訳ありません、守様。すぐお持ち致します」
「……ああ」

近くに居た使用人に羊羹について伝えると彼女は走り去っていった。そう時間はかからないだろう。先を見つめていたにぽつり、と守がつぶやく。

「似ていないな」
「はい?」
「お前こそ、次男に似ていない」
「……まぁ、遠縁にすぎませんからね」

血縁関係といっても、その縁は父、祖父の代へと遡るわけだから実質勇との関係は濃いものとは言い難い。そうか、と曖昧に守は相槌を打ちながら、を見る。
矢張りというべきか、彼女は勇とは全くを持って似ていなかった。

「お前の説明のほうが俺には合うようだ。わかりやすい」
「恐縮な限りです」
「次男はすぐ怒るので何を言っているのかさっぱり分からん」

思わずが笑えば、彼女は慌てて失礼しましたと頭を下げる。
……此処は本当に難儀な場所である。親戚筋を笑うことさえ許されぬとは。
ぼんやりと守はそんなことを考えながらも、笑っていたを予想外に愛らしいと思った自分に驚愕せずにはいられなかった。
茶の教室は、まだ終わらない。


*白チョコ様リク「華ヤカ・守/お茶を立てる訓練をする話。ヒロインは本条院家」