とある書生の誕生日につき


「守さん、本日がお誕生日とお聞きしました」

この度はおめでとうございます。
静々とやってきたに守は少しだけ眉を顰めた。誕生日だから何だというのだ。そもそも生まれた日といっても年のとり方はこの日本ではまとめて一年の始まりに取るのだから関係無いだろう。
……そう思うのだが、宮ノ杜家の「西洋に倣って」の手法の手前文句も言えない。
に会うのは七日ぶりだろうか。
何時もと変わらぬ表情に、いつもと変わらぬ佇まい。異なるのは何時もと化粧の仕方ぐらいだろうか。

「少し紅が薄くはないか?」
「ああ、夏は少し明るめのほうがいいかと思いまして」
「うむ……」

書生を生業としている手前、流行に敏感でありたい守にとってはの「女学生が好む」色合いの情報は参考になる。
彼女の得意先は家柄の良い女が多いが、彼女自身が百貨店の従業員としての仕事を行う際に見かける女学生の反応は直であり、やれかき氷色だの何だの守の文章の中に入れると文章の中で色が鮮やかに踊り始め、評価が上がる。

「そういえば、お誕生日は何かご用意するのが普通だとお聞きしましたので、よければお納め頂けますか?」

差し出された細長い箱を守は受け取り、包装を早々に取っ払ってしまう。
群青色のリボンをはがすと、そこには品の良い金の細工が加わっている万年筆があった。

「インクと迷ったのですが、ペンはいくらあっても困らないという話を先日お聞きしましたので、よければ」
「うむ、手に馴染む。はこのまま帰るのか?」
「はい、お渡しするのが目的でしたから」

気をつけて帰れ。と挨拶だけ交わす守に、静かには頷くと彼に対して改めて生まれてきてくれたことに感謝を述べると、守は狐につままれたかのような表情を浮かべた。
生まれてきてこの方、生まれたことを呪ったこともある彼にとっては不可思議な話だ。
復讐者として生きてきた彼にとっては、自分の存在という物自体が宮ノ杜の罪である。……そう思っていたこともある。

「まぁ、それはそれとしてですね、本日くらい、お祝いしてもよろしいのではないでしょうか」

とある化粧師はそう言って、赤坂にある和菓子屋の羊羹を買ってきたのだともう一つ持っていた紙袋をチラつかせて笑ってみせた。


「では此方は使用人の方に御渡しておきますね」
「待て。……どうせこの後用事もないのであろう? 食べて行け」
「ま、有難うございます」

にこりと笑った彼女に対して、度の入っていない眼鏡を小さくかけ直し彼は溜息を零した。
……誕生日というものも、まぁ、悪くはない。
熱めの茶を飲みながら、くだらない談笑を交わしていると遣って来た五男がの姿に屋敷中をかけずり回り叫び倒し、お陰で邪推をされる羽目になることを彼女も、そして彼も予想できずに居た。

その万年筆の値段に「貴様は馬鹿か」と随分と守が呆れて言ったのは、また後日談である。


(2012.06.11)