四月弐拾壱日


「誕生日、おめでとうございます」
ずいと差し出された布に勇は口を思わずへの字にして返した。
なんだこれはと尋ねれば随分と強めの声で「ひざ掛けです」と返ってくる。ひざ掛けにしては些か紋様が派手である気がした。というよりも、そもそも勇はひざ掛けなどあまり使わない。どちらかといえば、母であるトキや、使用人頭である千富のほうがこういった類のものを使うことが多いだろう。以前にトキが「女は身体を冷やしてはいけない」と口を酸っぱくしていっていたことを思い出し、手渡してきたをじいと見つめる。
彼女はなにか言いたそうな顔をしていたが膝掛けをどうするべきかと指を迷わせているようにも見えた。

「貴様が何かを贈るなど、意外であったな」
「……文句あるの?」

目が少し揺らめいていることに勇は気づいたが、直ぐにの渡してきた膝掛けを奪い取ってしまう。広げてみれば紋様は大分最初に見た時よりも落ち着いて見える。わざわざ買ってきたのかと尋ねるとは居心地悪さげに沈黙を繰り返す。
視線を追いかけ目で訴えると観念したように彼女は溜息をこぼした。

「……作ったの」
「誰が」
「私が!もう、逐一言わせないでくれる!?」

仏頂面をしたまま彼女は文句をいうので、取り敢えず膝掛けに目を落とすと予想以上にしっかりと縫い付けがされている。ミシンを使うのは苦手だと文句を言っていたのが嘘のようだ。じろじろと食い入るように見つめていると唸り声が聞こえて来る。子供のような表情は相変わらずで右手で彼女の鼻をべちんと弾くと気の抜けた声が響いた。矜持の高い彼女にしては些か間抜けだったので思わず吹き出してしまうと「大佐」と勇を咎める声が聞こえる。

「ふむ、それなりに使えそうではないか」

素直じゃないのはどちらかと聞かれればお互い様且つ今更だ。
は渡し終えたことに満足したのか既にもう勇を見ていなかった。ぐるりと部屋を一周し年をとるのは皆同じだというのに、とこぼす。毎年この日になると同じ流れなので、最早これもまた「今更」なのかもしれない。勇は彼女から手渡された膝掛けを膝に乗せた上で彼女を呼ぶ。は嫌そうに振り返ったが、直ぐに顔を朱色に染め上げる。

「あなたって人は!」
「なんだ、貴様が寄越したものだろうが」
「……大佐ってほんっと悪趣味」
「貴様が言うか」

お互い様だ。
付け加えて彼女を指先でなぞり、無理やり膝の上に乗せると勇は羽交い締めにした上でくつくつと笑う。……その素振りも様になっているせいで余計には頭が痛い。そして何よりも頭がいたいのは、彼に対して何だかんだといいつつ、強く出れない自分がいることだ。どんなに突っぱねても最終的にお互いの“いつものこと”への妥協というものは不思議とあるもので、勇とのやり取りはここで一旦終わる。彼は彼女の髪に顔を埋めると喉を鳴らし笑う。
文句を言い合いながら、それをは享受して何度か彼の頭を母親のように叩く。
……これが、彼らの最近の流れだ。

「貴様は本当に俺のことが好きだな」
「そーですよ惚れた弱みですよ」
「さっさと嫁に来い」
「……それは私に言うことでもないでしょ」

言葉にすることがもどかしそうに、勇は彼女の頬に手を添えてそのまま噛み付くように口付ける。
最初は驚いていたが手を何度か叩き免れようとするが腰に手を回し、膝の上から落とさないように固定をすれば彼女は観念したように手を止め何度かその行為を交わして意地悪そうに笑うと彼に対する文句と、色々な気持ちが充満したがじろりと彼を見下ろす。
馬鹿、と呟いたその言葉さえ妙に甘美である。妙に扇情的なのはが悪い。

「……いい加減嫁に来い。俺がもたぬ」
「……検討しておきます」

予想外の言葉には小さく笑ってよしよし、と彼の頭を撫でた。

「お誕生日、おめでとうございます。勇さん」
「……うむ」

何度目かわからぬこの会話の後、もう一度触れるだけの普段の彼らならば有り得ないほどの甘ったるい口づけを交わした。

2012/04/22