君は従者、貴方は主


ちゃん、おいでおいでー」

ひょいひょいと手招きをされ、慌ただしげにが持っていた塵取りを一度地面に置いて茂の元へと駈け出す。
玄関前に気だるげに立っていた茂はと顔を付き合わせ、周囲を確認した後に彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
突然の出来事に仰天した彼女は小さな悲鳴を上げたが、随分と慣れたように手ぐしで彼女の髪を整えた後に、に向かって茂はにこり、と笑う。
真意の見えない笑い方に何事かと目を丸めながらも、茂にされるがまま動かずにいるの頭のあたりが急に締め付けられた。

「うん、思った以上に似合う似合う」
「なんですか?」
「花飾りだよ。昨日売ってたから」

それは俺からちゃんに贈り物だよ。にこやかに笑った茂に彼女は思わず眉を顰めた。
何の他意も恐らくこの人はないのだということは理解していたが、いただけないと頭を振る。雇用主と従業員の関係なのだから、そんな何かを「してもらう」というのは彼女の割りに合わない。何より彼女たち使用人は彼らに仕える身なのだから良くして貰う必要なんてないのだ。
それをナンセンスという時代ではあっても、その道を選んだのは自分である。
……だがの考えを簡単に茂は打ち砕く。手鏡を差し出して「ごらんよ」とまるでの話を聞こうとしない。

「……茂様、このようなことをされてはダメですよ、使用人なんですから」
「んーでもほら、俺見かけて気に入ったら買っちゃうからさぁ」
「仕える身としては、こういったものを頂いてしまっては……」
「じゃあ、俺が捨てるの面倒だから、代わりに持っておいて」

茂の言葉に、は観念したように溜息を付いた。左側についた花飾りは妙に重たく感じられる。それはきっとこの飾り一つとっても自由に貰い受けが出来ない自分の立場からだろう。
そっと指で触れると独特の花飾りの肌触りが伝わる。

「……重い」

気持ちが重たいわけではない。彼の心遣いはありがたかったし、普段使用人としてそんなことも出来ない身としては嬉しい。
けれど、そうではない。応えられない自分が重たいのだ。体が、心が、全てが重たい。茂への気持ちはゆっくりと花開き始めている。知らぬふりをするのも限界にきているが……それでも形にすることは頑として拒み続けなければならない。
結局の口から出る言葉の数々は、従者の建前ばかりだ。……何ひとつとして、自分の意見なんてものは通らないことを知っているが故に彼女は耳を塞ぎ、目を瞑る。
その両手を引っ張ってくれるのを待ちながら、それでもきっと手を添えられた瞬間に言う言葉は拒みの言葉なのだろう。
ざわめく心を抑えながら、は花飾りをそっと外し、ハンケチに包み込みポケットの中に閉まった。