紅茶とくっきぃ


「はぁ?お前って馬鹿だとは思ってたけどそこまで馬鹿だったんだね」

ぐさりと容赦のない針のような言葉を突き刺す雅にはぐうの音も出せず淹れられた紅茶の入ったティーカップで揺れる自分の顔を見つめた。反射して映る自分は随分と不安そうな表情をしているが、思わずは「間抜け面」と自分で自分を称した。
の言葉にぴくりと雅は反応して「今更すぎるし、何、自覚やっとしたわけ?」と次から次へと言葉を突きつけていく。言葉を追いかけながら、は頷いた後に揺れる紅茶を口につける。砂糖も何も入っていないままの紅茶は少し渋く感じられて、思わず顔をしかめる。
緑茶のほうが、やっぱり好きだ。

「しかも人の話聞かないでのうのうと茶呑んでるんだ、ふうん」
「あ」

雅様も飲みますか。
ティーポットに手をかければ雅の顔が少しだけ驚いたような表情に変わる。何か変なことでもいっただろうか。はそんなことを考えながらも手際よく空っぽになった雅のティーカップに茶を注ぐ。琥珀色の鮮やかな紅茶が注がれていき、茶葉の甘い香りが妙に鼻をくすぐった。
ついでに、は思い出したかのように自分の鞄の横に添えるように持ってきていた紙袋を引っ張り出して雅に渡した。

「……なにこれ」
「お土産にくっきぃ、買ってきたんでした」
「お前さあ、そういうの最初に出すもんじゃないの?」
「今しがたまで忘れてまして」

申し訳ないですと言うと雅は彼女の手をぐいとひねる。ぎりぎりと鈍い音がたてて妙に体が軋み、痛い痛いと声に出して言えば「お前ってほんっと、馬鹿」と良くわからない称号を与えられた。手を離されて安堵すれば直ぐに彼は彼女が渡した缶をそのままテーブルの上に置く。

「食べれば」
「え、貰っていいんですか」
「苦くて顔ずっと渋めていたいなら別にあげないけど」
「いえ、もらいます」

有難うございます。笑顔を浮かべたに雅はふん、と小さく鼻を鳴らして紅茶に口をつけると熱っ、と小さな悲鳴を上げた。
馬鹿じゃないの!熱いし、苦いし!
ぎゃあぎゃあと文句を言う雅に慌てては立ち上がり彼の口の中にクッキーを放り込む。いきなりの粉っぽさに少々雅は目を丸くしたが、次から次へと投げられるクッキーに慌てて口を閉じると「あれ」という言葉が返ってくる。口の中がクッキーの味で充満して、思わず不快感を顕にしながら雅は何度か噛み締める。粉っぽい味だ。口の中が自然と乾く。紅茶を口につけると先ほどと同じくやはり熱いが、大分口の中が潤う。

「お前って、ほんと、馬鹿、げほっ……」
「大丈夫ですか?」
「誰のせいだと思ってるわけ!」

いえ、熱いって言うから。
まるで会話になっていない会話に、雅は頭が痛くなり米神に手を当てた。
会話にすらなっていないような気がするのは間違いではないだろう。
は先ほどの話に戻っているので、雅のことを気にしている様子はない。こいつって、本当に。何かをいいかけた雅はそのまま口をつぐみ、熱いはずの紅茶をぐいと思いきり喉に流し込んだ。




「うん、それで、火傷しちゃったんだぁ」

いつもと比べて随分と飄々と楽しそうな茂に自然と雅は眉根をぎゅうと寄せた。こういう時の茂には関わったら最後余り良いことがない。色恋沙汰となると目を爛々として嬉しそうに進を巻き込み話を聞こうとするので質が悪い。大したことじゃないし、と雅がそっぽを向くが既にそこには進がいて、退路を絶っている。
兄弟の中では恐らく一番頭がいいのは雅だ。臥薪嘗胆とはよく言ったもので、彼の頭の回転が速いことは少なからず兄弟の中で真ん中に値する二人は気づいているが……如何せん、どこかまだ子供だ。実際こうもとやり取りがあった今でもぶつくさと彼女の文句をいう当たり、代わり映えしない。視線を合わせ、茂が扇をとん、と口元に抑えるとそれを合図と承知したのか進が軽く頷きを返す。

「でも、さんはとても優しい方ですよね」
「はあ?馬鹿なだけでしょ。周りも見れてないし。あれを優しいって言うなら犬とか猫のほうがずっと優しいね」

愚直に一方しか見ないけどしっぽを振り続けてるし。馬鹿は馬鹿で使いようがあるし。舌の火傷を冷やすように甘露飴を舐めて心底嫌そうに雅は言う。薬草独特の味がして顔をますます歪めると千富がそれでも尚ちゃんと冷やさないからですよとどこかで言っているような幻聴が聞こえてくる。
……やはり千富には逆らえまい。
からころと口の中で転がしていると茂は楽しそうに雅に言葉を述べた。

「俺は彼女、愛でたいけどなあ。こう、よしよしって」
「はぁ?馬鹿じゃないの」

ころん、と飴がこぼれ落ちそうになった。
茂の言い方は最早犬猫そのものだ。何を言い出しているのかという顔すればだぁってそうじゃなぁい、と飄々とした返しをされ、雅は困惑せずには居られない。
頭をよしよし。想像をするだけで何とも薄ら寒い状況が出来上がった。

「……あいつは犬猫じゃないから、無駄だと思うけどね!」
「おやま、じゃあ雅はどうやってやさしくするわけ?」
「はぁ?!僕が優しくする必要なんて無いでしょ!」

あいつは僕のものなのに。そこまで言ってから、雅は顔をコレ以上にないばかりに赤らめた。
偶然は偶然を呼ぶもので、其の少し後にはるがを連れて来ると、彼女は目ざといのかどうかしましたかと顔を覗かせ、「うるさい何でもない、お前のせいだバカバカ!」と支離滅裂な攻撃を受け、彼女は何が何だかわからないまま、視線をそのまま茂と進に向ける。
……彼らは顔をあわせて苦笑いを落とした後、走り去っていってしまった雅をどうか追いかけてはもらえないだろうかと彼女に懇願をした。
それから、彼らの追いかけっこが夕食時まで続いて千富に怒られたのは数刻後のことであり、からしてみれば「なぜ自分まで……」と小さく呟かずにはいられなかった、そんな日。