若キ当主様ハ御見通シ
※ 雅ルート後、雅×はる要素あり
「この色、綺麗な色ですね」
指先で着物をなぞり、楽しそうには千代子に声を掛けた。山吹色の小袖を指で撫でると生地の心地よさに猫のようには目を細める。
千代子は千代子で誉められたことが嬉しいのか普段より笑みを濃くしてみせた。
ほのぼのとした空気に辟易させられながら、雅は苛立ちを包み隠さずの後ろに立っている。何を好き好んで彼女の買い物に付き合わなければならないのか、意味がわからない。
「様!こちらはどうでしょうか」
嬉々としながら手伝いをしているはるに、余計に苛々させられる。何故こんなに苛々するのかも分からないが、苛々してしょうがなかった。
当人のと来ればああこれもいい、こっちもいい、だの言い始め、結局決めていない。
そもそも着物を好んで着用していないじゃないかと追求することも出来る。彼女はスカートだの何だのを着て雑誌に書いてあるモガと大差なく過ごしている。
……しかし、残念なことに、それを言った所で結局雅の意見を流すので意味がない。
と雅は年齢の差もあるのか、が話を流してしまう。不愉快だ。雅はそれが気にいらない。何様だよと聞けば「昔馴染」なんて良くわからない返しをされるので、死んでしまえと罵倒し返せば矢張りはいはい、と流されてしまう。黙ることしか出来ない自分が不愉快で仕方が無い。
悔しいのでの頭を旋毛をぎゅうぎゅうと潰せばぎゃあ、と悲鳴が上がった。
「何するの!」
「うるさいよ」
女が三人で、姦しい。誰だ、こんなことを言い出したのは。
手を払い除けて文句を言うの頭をべし、と軽く叩けば睨みつけられる。だが涙目なのでまるで迫力がない。フン、と鼻で笑い着物を一瞥した後雅は一歩、二歩、三歩ほど行き来をした後に鮮やかな朱鷺色の色留袖を手にとった。
興味深そうに雅を見つめる千代子の目を無視して、そのまま雅はに「ほら」とつきつける。
鮮明に、目に残る朱鷺の色。思わず息をつきたくなるほどの鮮やかさ。は繁々と見つめた後に、僅かに頷き返した。
「千代子様」
「あら、本当にこれでええんです?」
「はい」
「こんなことに時間書けるなんて、馬鹿?」
さっさとしてよね。腕を組む雅に、は小さく笑った。はるがその隣でほんの少しだけ、音を立てて笑う。
は知っている。
何故彼が理由をつけて、この場所に来たのか。当主としての用事を取り消して此処に来たのか。の買い物に付き合っているのか。全てははるのためだ。母親も勿論だが、はるを優先させていることも分かる。そのためのは利用素材にすぎない。
「何!」
「別に?」
「さっさとする!」
はいはい、じゃあね。
はさらりと彼らから離れて千代子の元へと駆け寄った。彼女はほんの少し困ったように、だが嬉しそうに笑うので、恐らくのところ雅が寄る理由を把握してのことだろう。釣られては肩を竦めて懐から財布を取り出し、値段を確認しながら札を出し始める。
「そういえば、はんは、その後どないしてます?」
「どない、って何がです?」
「勇様と、何かありました?」
「……え?」
がま口の中から十銭銅貨が音を立てて何枚か落ちた。
金の音に反応したのかはるたちの視線がこちらに向いてしまったので慌てては銅貨を拾い上げ、持っている金額と照らし合わせると再び立ち上がる。目の前には首をかしげた千代子。
ああ、彼女にきっと悪意はない。
思わず米上を当てると、向こう側からニヤニヤとした視線を感じは顔を引きつらせた。大凡のことは予想がつく。が千代子達宮ノ杜の母親に逆らえないのを知っててやっていることだ。
「……な、何かは特にはないんじゃ、ないですかねー?」
「そうですかあ……」
「嘘ばっかり」
今度見合いするからね、。
随分と楽しそうに悪だくみを考えたような雅の笑いに、隣に居たはるが「えっ」と声を上げた。どうやら彼女は何も知らされていないらしい。
まるで機械のようにぎい、ぎいと硬い音を立てながらが雅を見れば、彼は矢張り見下した笑い方で「何」と言い出しそうな顔をしていた。
「お見合いって、勇様と?」
「そう……らしいですね」
「らしいじゃないでしょ、そうなの」
「……」
誰のせいだと。僕のお陰でしょ。
そんな視線でのやり取りを交わし、は思い切り腹の底から息が続く限りの溜息を吐き出した。
はるが「そうだったのですか……」と妙に嬉しそうに、妙にしみじみと、悟ったような笑顔を浮かべるものだから余計にの顔は引き攣る。
いつから雅に感情が筒抜けになったのかは知りたくはないのだが、知らない間に彼女が勇に懸想していることは見抜かれており、結果として雅はをこうして利用し、はそれに付き合わされている。
偶に見返りとして、雅はこうやって清水の舞台から飛び降りるかのように、舞台の用意をしてくれるのだ。
それがが望んでいなくて、望んでいても。
千代子ははると視線を合わせ、そして微笑んだ。
兄弟を嫌って、世界を嫌っていた雅の世界は確実に広くなっていく。以前の彼ならばしなかったことを少しずつ、ほんの少しずつ変わっていく。相変わらずの潔癖で、に対しても容赦はないけれども、はるに出会って少しずつ、変わっていっている。
勇が何と言おうと、が何と言おうと、彼にとってはどうでもいい。
「もうさっさとまとまってよね。そのほうが僕にとって楽だし」
どこまでが本気かさっぱりわからない発言だ。否、彼はきっとどこまでも本気なのだろう。
は恥ずかしくて穴に入りたいのか、顔を青ざめたいのか、良くわからない顔をして、何度目か分からぬ溜息を付いた。
「当主様、そこは自分の結婚を優先に」
「はあ?僕は高校卒業して正式に当主になったらゴミと結婚するの、当たり前でしょ」
「……ああ、うん、だって」
今度ははるが赤くなる番だった。
その赤くなったはるを見て、自分の言った言葉に気づいた雅が「なんて勇に散々色々言われて死んじゃえ!」と言い残して店を飛び出していく。お待ちください雅様、とそれに釣られてはるも飛び出した。
とり残されたは呆れたいのか、笑いたいのか、それとも自分の見合いを心配したらいいのか分からず、盛大に本日何度目か分からぬ溜息をつき、千代子にどうしたらいいでしょう、と微妙な顔をして尋ねる。
……そんな彼らを微笑ましく、楽しく、千代子ははんなりと笑ってみせた。
朱鷺色に染まる着物を着て、彼女が若干足取り重く勇と顔を合わせた際「雅のせいだ」と揃いも揃って溜息を零し、何だかおかしくて馬鹿笑いをした結果揃って雅が憤慨させる羽目になるのだが……今は未だ、そんなことも露知らず、これから起こる未来を不安と、少しばかり機会を与えてくれた雅に感謝をしながら、は目を閉ざすばかり。
2012.2.20
朱鷺色:やや黄みがかった淡い桃色。