矜持ト愛情ヲ常ニ秤ニカケテ
宮ノ杜勇という男は矜持の塊のような男である。そうは思っており、また、勇自身も否定しない。
根っからの軍人であり、何に関してもまるで古武士のような考え方だ。西洋文化が入ってきた明治以降の生まれとは到底思えない。
「なんだ」
「別に」
睨みつけてきた勇を緩やかに交わしながら、は彼を観察する。
機嫌が悪いのか皺がいつもよりも色濃い。疲弊しているのは目に見えていたがそれをつつけば間違いなく刀を抜かれるので彼女は言葉にしないでおいた。
頭をかかえる前に早々に此方から退席したほうが良策だろう。が口を開くとそれを阻止するように手が伸びる。突然の出来事で彼女は何が起きたのかいまいち把握できずに居たのだが、いきなり目の前が真っ暗になる。
瞬きを何度かすると、掌の指の関節が僅かながら見えた。大きな手に視界を片手で覆い隠されている。睫毛が何度か掌に当たると嫌そうに「黙って閉じていろ」と彼は不機嫌そうに口をひらく。
唐突に目を押さえなくてもいいじゃないか、と彼女が言いかけたことを見据えてかは分からないが有無を言わせないものだから彼女も渋々と目を閉ざす。
彼女の瞼ごしに、彼の手越しに音がする。何の音か分からないほど彼女は初心ではなく、唐突の出来事に思い切り目を開けば掌ごしに熱を感じる。妙に音だけが耳に響いて、体が火照る。
手がふっと離れると彼と彼女の目が音を立ててぶつかりあった。
「……なんだ、その顔は」
「何して」
何でも良かろう。
彼はごまかすように掌を離すとくしゃりと彼女の前髪を少しばかり乱暴にはらった。なんて心臓に悪い人なのだろう。
心臓の鼓動が早くなったのを悟られないようには胸元を押さえ、呼吸を整えるように深呼吸を一つ。
が勇さんと勇のことを呼べば彼は随分と落ち着き払った声で返事を一つ返してくるので、自分ばかり振り回されているのではないのだろうかという疑念を彼女は抱いた。
軍人たる者、恋愛もたしなみの一つ。……と、勇はよく言葉にしているのでからすれば「これも所詮その嗜みの一つなのではないか」と考えると段々と腹が立ってきて終いにはぷい、と横を向いてしまう。
何が何だか分からない勇はおい、と彼女のことを呼んだがは生返事をしながら不機嫌そうに椅子に足をぴたりとくっつけている。端ない、ということよりも以上に不機嫌を露骨に隠そうともしないので、勇は思わず眉間に皺を先ほどと同様に濃く寄せた。
「いつもそうですよね」
「何がだ」
「勇さんの性格って悪いですよねって話です」
「なんだそれは」
意味が分からん。
仏頂面で言う勇には分からないならそれでいいですと、かぶりを振った。
性格が悪いと言われ、勇は些か解せないのかをじっと見ていたがやがて彼女の手をぐいと乱暴に引っ張る。突如の力に思わず彼女は足元がもつれ、転びそうになったがぼすん、と彼の胸元に頭があたったことで躓くことは免れた。
「なにするんですか」
「分からん」
「はあ?!」
はしたない声をあげるにこれでもかと顔を再びしかめながら、勇は「だが」と妙に溜息混じりの声を上げた。
するり、と腕が伸び彼女は精悍な彼の腕の中に閉じ込められる。はぎょっとしたのと同時に妙な色香に誘われ心拍数が再び上がり始めた。
どうしてこの人はいつもいつも、されど結局は負けてしまう自分の弱さを痛感し、はそっぽを向く。
「」
「……なんですか」
「言っておくが、一度しか言わんぞ」
俺の嫁になれ。
彼女は耳を疑ったものの、一度しか言わん、と言った彼の表情を見ていろいろなものがこぼれ落ちてくる。
識れたことを言う人だ。
非道い人だ。
色々な気持ちが溢れてくるのと同時に、彼女は笑った。
「勇さんってほんっとうに性格悪いですよね」
「なんだと、貴様この俺を愚弄する気か」
事と次第によっては斬る、とまるで先ほどの言葉を言った人間が言うとは思えない言葉だ。斬られないうちに、とは小さく笑った後に勇からするりと離れた。
少しだけ、触れられた所が熱く感じられたのは気のせいではないだろう。
驚いた顔をしてみせた勇の表情は矜持の塊な人間とは思えないほどだったが、この人と生きていくのもきっと面白いのだろう。
「あなたも相当な物好きですが、私も相当な物好きってことですよねえ、これって」
「なんだと」
「謹んで、お受けいたしますって言ってるんです」
察してくださいよ、と笑ったに勇は固かった表情をようやく綻ばせて「貴様はいつも遅いのだ」ともう一度彼女を腕の中に閉じ込めた。