ソレハ、言葉ニ出来ズ
が結婚をするという。その話を聞いた時勇は世の中には飛んだ物好きが居たものだとしみじみ思い、鼻で笑った。あの女はきっとその縁談を断るのだろう、そういう女だという確信があった。まるで仔犬のような喚き散らし方は些か煩わしく思うも、物言いがはっきりしているところは彼なりに評価している。嫌いか好きかと聞かれれば、モダン、ハイカラと呼ばれる西洋かぶれのじゃじゃ馬な部分もあそこまで堂々としていると止めても仕方がないのではないかと言う気すら起きて来る。
回りくどい言い方をしなければ、嫁に貰ってもまあ、悪くはない、ということだ。
……だがしかし、その彼の考えは当主と言う野望と共に潰えた。正の縁談が進みその結果、正が収まるのと共に、彼が当主となる。
「どういうことですか、父上」
縁談が来たのか、それとも縁談を持ち寄ったのかは勇の知る由も無い、が、正の縁談こそが当主への条件と知ると彼は父に問いた。
当主は言う。面白かったのでな、と。額然とし当主を見れば彼は口元を歪め、くつくつと笑っている。
人の悪い笑顔だ、と己の父に対して思いながら勇は次の父の言葉に耳を疑った。
「それに、殿もそろそろ良い年故、嫁の貰い手を中将殿より相談されてな」
「では、正の婚約者というのは……」
「殿だ。彼奴は知らんようだがな」
異母兄のことを思い返し、勇は口を噤んだ。正には憎からず想っている相手がいる。それは兄弟であれば気づき、彼らの空気を察知できる事だ。
そしてそれはとてわかっている事だ。……つまり、そのどちらもわかった故の事なのか。
父は笑いながら、お前の婚約者がお前の義姉になるとはな、と言う。
がつん、と鈍器で殴られた感覚を覚えた。誰も望まないこの話に作為的なもの感じながら、正が断らないのは当主を捨てきれないからであろうと勇は察した。当主としての椅子を欲して奪い合った勇だからこそわかる事だ。
それから、ぱたりとと会う機会はなくなった。
彼女への想いははると正の気持ちを承知の上の事なのだろうかという疑問と、けれども意味のわからない苛立ちとの交錯でうまく説明ができない。トキに彼は聞いてみると随分と笑われ、ばしばしと肩を叩かれ、最終的には同情されてしまう。意味が分からず首を傾げれば母は言う。
それは恋の一つだと。
「俺がか」
「他に誰がおるんや?」
彼は考え、まさかと笑う。恋というものは幾度も駆け引きの一つとして行った事もある。相手は芸者が多かったが、そのどれともは合わない。けれど、彼女と物を言い合う時間も彼女の頭をわしわしと撫でる事も、其の手を掴む事も嫌ではなかった。
それは恋だったのか。
彼は認めたくないながらに気づきつつある自分を見ないふりを決め込んだ。
「どないするん、それで」
は勇をどう想っているのかは勇は知らない。無論、客観視すれば誰がどう見ても分かるのだが時代がそうさせるのか、勇は首を傾げるばかりだ。
そして今回の婚約はほぼ決まりであり、春には全てが終わるという。
……今思えば、父の笑いは勇に対しても混じっていたのだろう。
「どうもせん。正がを選んだ事を鼻で笑うぐらいだ」
「……ええんかいそれで」
トキはそう尋ねると、目を伏せた。だからどうこうできる問題でもない事は彼女はとっくに知っているが、それでも何か息子の為にしてやりたかった。
それなのに、息子と来たら表情を崩さないばかりか事もなさげに言うのだから腹立たしい。
「来世で彼奴が俺を見つけでもしたら嫁に貰ってやろうと思っている」
「それ、に言わんの?」
「言っても彼奴は正のことが好きなのだろう?」
が聞いたら憤慨して文句をいいそうだ。トキはを可愛がっていたからこそ実に残念そうに煙管をくるくると回し、思った以上に不器用な勇に呆れ、そして、同情した。
のどこをどう解釈したら、正のことを思っているように見えるのか――いや、そもそも息子は恋愛に関しては女に対して抱くだけ抱いて放置するような、「遊び人」と言われる部類のところもある。後腐れなく付き合ってきた女など少ないほうだ。彼女が知る範囲内では宮ノ杜に直々に足を運んできた女の数も片手では足りなかった筈。
……そう思うと、自分よりも年下の、それも雅や博と年が近い娘に振り回され恋焦がれていることにさえ気づかない息子が愛しくて仕方がない。
「勇」
「なんだ」
「幸せになりいや」
無茶な願いと知りながら、彼女はそう笑って参拾過ぎても尚独身かつ恋路に対してさまよっている息子の頭をわしわし、と撫で回した。
2011.09.04