恋風ハ自転車ト共ニ


※ 進ルートED後・進×はる、三治×たえ前提 ※



「お待ちください、様!」
「運転手は不要だといつも言ってるじゃない!」

 ちりんちりん、と自転車のベルが鳴り、そのまま彼女は自転車にまたがり去ってしまう。屋敷の前に立っていた使用人が頭を抱え、はあ、と思いきりため息を付いた。
 杉村たえ、本日から二週間家の使用人の手伝いとして駆りだされた者である。彼女の同僚の浅木はると揃って家に招かれ、ものは試しと縋られたものである。
 主だった理由としては――家一番の問題児、の面倒をみることだ。しかし彼女とくればハイカラなこのを好み、自転車に乗り学校にいき、彼女は行く先々で騒動を起こしている。

「たえちゃん、駄目だった?」
「全然駄目」

 困った。思わずため息をつき、彼女のいなくなった玄関先に目をはるは向けた。運転手の青年は「もう今更ですからなあ、お嬢様のあの性格は」と豪快に笑い飛ばすばかりでどう見ても協力的ではない。

「そういえば昨日も勇様と派手に喧嘩しながら帰ってきたものね……」

 気の強いじゃじゃ馬ハイカラ娘と、気の強い帝國軍人が上手く行くとは到底思わないのだが、何だかんだで彼らはいつも騒動を起こしながら一緒に帰ってくる。元婚約者という肩書きの筈にもかかわらずその姿は兄妹のようで、見ていて微笑ましい――と思っているのは恐らくはるだけではないだろう。


「さぁ、さっさと掃除しちゃうわよ」
「うん、そういえば今日は三治さんが来てくれる日だね!」
「はあ? どうせ宮ノ杜でしょ、あたし関係ないもの」

 箒を手にとって庭を掃除するたえに「そうかなあ」とわずかにはるは首をかしげた。
 家に来て数日。三治が態々家に着たことはないが宮ノ杜に進が帰ってきている以上勿論情報は筒抜けだろう。はるは自分もまた玄関の床掃除のために雑巾をとりに戻っていった。






「あれ、進さん」
「やぁ、さん」
「お勤めお疲れ様」

 帰り道、学友が車で帰るのを見送ると、銀座の街を自転車を押し引くとばったり進と遭遇した。の姿に驚いたのか進は目を丸くしたが直ぐに人のいい笑顔を浮かべる。
 良家の四男だというのに彼の物腰は柔らかい。しかも聞けば少しどこか境遇が似ていたので進に対しては勝手に親近感を抱いている。勇や雅からは鼻で笑われることも進は笑わない。そういったところが彼の良さだ。

「たえさんとはるは元気しているかい?」
「元気も何も、会いに来ればいいじゃない」

 はると進のことをは先日はじめてはるから聞いた。勿論驚いたが、それ以上に三治とたえのことを聞いて驚いた。
 しげしげと進を見ればの態度に狼狽し、一歩足を引く。

「……進さんを選ぶあたり、はるは目利きがいい」
「え」
「少なからず、勇さんを選ばなかったあたり流石ね」

 うんうんと腕を組み頷くその素振りに思わず進は言っている意味が分からず首をかしげ――そして、漸く合点がいったのか、かぁ、と一気に赤くなった。
 そんなことまで話しているとは思っていなかったのだろう、耳まで赤くなった進に、は驚き、そして「おめでとう、進さん」とにこやかに笑顔を浮かべる。
 朗らかな空気を保とうとするも、は思い出したかのように裾の中から二枚の舞台のチケットを取り出した。

「これは?」
「友達が帝劇のチケットをくれたの。進さんにあげる」
「いや、でも――」
「私、この日用事があっていけないから。あ、はるの休みも作っておいたから」


 有無をいわさず押し付けた後、進はおずおずと「ありがとう」と言った。は特別気にしないのか「いいのよ」と笑い返す。
 使用人が恋人の進に対しては何も言わなかった。――否、彼女はどちらかといえば進たちこそが「かくあるべきである」と内心思っている。

「貴様ら、何をしている」
「ああ、勇兄さん」
「……うげ」

 それまで和やかだった顔が一気に崩れ、はギギギギ、と機械のようにゆっくりと振り返る。
 腕を組み、を見下ろすその姿に「げ」ともう一度彼女は言った。
 宮ノ杜勇はの自転車を見、「」と心底不愉快そうに口を開く。彼はこうしたハイカラが嫌いだ。ゆえによくと衝突する。

「な、何よ」
「貴様、何だこれは!女が自転車などあるまじき行為だ!」
「便利なんだもの、いいじゃない!」
「貴様は恥じらいがないのか! 西洋かぶれが!」
「なっ……!」

 往来でよくもまあここまで揉めれると進はしみじみするのだが、勇はのことを元婚約者だというのにまるで妹のように接する。
 よく相手だと表情をコロコロ変える。自分たち兄弟の時とはまた違う態度だ。で言われたら言い返す性格だからだろうか。口論も結局何事もなかったかのように済んでしまう。

「じゃあ、自分はこれで」

 そんな進の言葉を聞いていないのか二人は相変わらず口論を続けている。のその態度をみて、何故だろうか三治と話をしている時のたえを彼は思い出した。
 ――そう思い、存外彼らの関係は一見して思うものよりも悪いものではないのかもしれない、と進は妙に納得する。


「自転車など没収だ! よこせ!」
「ちょっと!返しなさいよ!」
「貴様、その口の利き方は何だ!」
「人の自転車奪ろうとしているんだから当たり前でしょう!?」

 まるで犬と猫が喧嘩をするようなやり取りを繰り返す。勇は彼女の自転車をぐいと奪いとるとすたすたと歩き出してしまう。
 待ちなさい、とが追いかけながらぎゃあぎゃあとまた騒ぎを繰り返す。

「貴様のような女など嫁の貰い手などどうせありはせんだろう、そのじゃじゃ馬の跳ねっ返りな性格を直せ煩わしい」
「あなたこそその傲慢な性格何とか直しなさいよ!そんなことばっかり言ってるから三十路行っても結婚出来ないのよ」
「なんだと」
「そっちこそ何よ」

 睨み合いながらああでもないこうでもないという言い合いを繰り返していると通り過ぎた婦人二人が「仲がいい恋人ね」と彼らを見ながら言う。
 その唐突すぎる言葉には硬直した。そんなことを言われたのは初めてだ。
 動かなくなったに違和感を感じたのか勇は彼女の顔を覗き込めば彼女はぽかん、とした顔をしたままだ。
 「どうした」と聞くと現実に引っ張り戻されたのか、今度は顔を赤くして「別に」とそっぽを向いてしまう。何をそんなに動揺しているのか勇は分からず離れようとするを追いかけ、そして尋ねる。

「顔が赤いぞ、風邪か」
「べ、つに!」
「車を呼ぶか」
「自転車があるので」
「それなら送っていこう。今の貴様一人では街鉄や車に轢かれるやもしれん」

 片手に自転車を、もう片手での二の腕を掴むと彼はすたすたと歩き出してしまう。
 触れた手が妙に熱い気がして、は視線をそらし「ああもう信じられない」と呟いた。

「なんだ」
「何でも!」
「……やはり貴様、変なものでも食べたか」

 ずい、と顔を近づけた勇に対してはそのまま顔を上げごつん、と頭突きを交わした。
 勇の頭が予想以上に硬かったせいで返り討ちにあい思わず屈みこみそうになったが、二の足を必死に踏み切り、ぎりと彼を睨みつけると、予想外に痛かったのか少し涙目の勇が見えた。何をする、と額を抑える姿は少しの気が晴れるほど滑稽だ。

「このっ……鈍感!」
「は?」
「ああもう、なんなのよ! 馬鹿大佐!」

 自転車をほうって彼女は荷物を持ってかけ出して行ってしまった。
 追いかけることも出来ず勇は首を傾げるばかりで「何だ彼奴は!」と憤慨し、屋敷に帰り八つ当たりまがいに進に言うと、彼は実に苦笑い混じりに「それはまぁ……」と言うばかりだ。
 そういえば、とふと勇は考える。彼女は耳まで赤くして走り去っていった。やはり熱でもあるのではないだろうかと首をかしげたが、それは全力で進に否定されてしまう。

「ふむ、ならば貴様は分かるのか」
「えぇ!? えーと、ほら、はるが今あちらに行ってますし」
「なるほど。……ならばこれは好都合。進、用意をしろ。たえとはるを迎えに行くついでにの様子も見に行く」
「ええええ、自分もですか!?」

 押し切った勇が堂々と家に踏み込み、部屋ではるに「あの馬鹿大佐信じられない!」と枕を殴りつけながら言うが顔を先ほどとうって変わって真っ青にしたのは言うまでもない。
 後、帝劇を見に行ったはると進の惚気を聞かされながらたえが「三治も少しは見習ってほしいわ」と呆れながら言ったのと同時に、しみじみともまた、「絶対あの性格じゃ勇さんも無理だろうなあ」と妙に頷いてしまった。
 考れば考えるほどぐるぐる空回りをすると直球ストレートに疑問を突きつけた勇の姿はとても年上の余裕だとか、そういったものは見えないもので、進がやれやれと肩を落とした。

 彼女は、それが「恋」だということを知らない。