※ 進ルート・進×はる前提 ※
「おい、」
「あれっ、勇さん。お久しぶりです」
自転車を引きながら銀座を歩いていると、角でぶつかりそうになる。慌てて謝罪をして顔を上げるとそこには見知った顔が仁王立ちで立っていた。
その男の名前を知らないわけがない。
顔見知り以上、友人のようでないようなそうでないような。一度過去に縁談を持っていかれたこともあったが即拒否。中途半端なよく分からない関係。
宮ノ杜家の次男坊で帝国軍の大佐。肩書だけで目が痛くなりそうな――そんな、名家の次男。
そんな彼は繁々と上から下までを見た後に何かを考えこむようにまっすぐに見据えてくる。
元々気の強さは定評のある勇だが、その時の彼の表情に一瞬は硬直した。まずいことに巻き込まれそうな気配を感じることを瞬時に察知し、一歩自転車を引いて後ろに下がる。
けれど、彼の長い足が前のタイヤを引っ掛け、を動かさまいと固定してくる始末。
「お前でいいか」
「何が!」
「おい、俺と結婚しろ」
唐突すぎる発言に、は「はぁ?!」と女性としてはあるまじき素っ頓狂な声をあげた。手に持っていた書籍を落としかけ、何度も何度も勇の顔と今言った言葉を思い浮かべ見比べる。
結婚。その二文字に対しては理想が高いわけではない。
元々自分が誰の血の子かと考えれば使用人との駆け落ちの結果で生まれた子供だという。ゆえに、出生がどうだとか、あまり興味はない。
だが、自分はあまり気にしなくても世間はそうではない。
家と家の結びつきをより確固たるものにする。外戚関係といえば聞こえはいいのかもしれないが、女は体のいい道具なのだろうと結婚に関しては一般論は浸透していた。
故に、旧式の考え方である勇と何度も何度もは揉めるのだ。彼は彼女をじゃじゃ馬、我が強いと散々に言いたい放題だ。それに応じては時代遅れ、旧式、石頭、頑固。と打てば響くほどに悪態をつき返す。彼の周囲にいるどの女より我も気も強い女で一層彼は不愉快になった。
女など、ついてくればいい存在。抱かれればいい存在。男を満足させ、子を生すことが重要な存在。そんな風に勇は考えているゆえにの意見はすべて彼の癇に障る。
そんな彼らの関係に、いきなり勇は「結婚」という二文字を突きつけたのだ。
「……何か悪いものでも食べました?」
「何を言っているんだお前は」
「じゃあ正さんと何か賭け事でも」
「しとらん。強いて言えば当主の座を争っているな」
当主争い。その言葉に「ああ」と妙には納得がいき、彼が引っ掛けていた自転車をぐいと引っ張った。
自転車の車輪はぐに、と彼の足を容赦なく踏みつぶし、勇は声こそ荒げなかったがぎろり、とを睨みつける。だがはぷいとそっぽを向いた後に「そういうのはもっと選んでくれそうな方を選んだらいいんじゃないですか」といささか不機嫌そうに持っていた書籍をパラパラ捲る。
「貴様……この俺が結婚してやると言っているのだぞ!」
「断固、お断りします」
「!」
「どーせ当主になるためには誰かと結婚しろって言われたんじゃないですか?」
何故それが分かる。驚いたように目を丸くした勇には呆れて思い切りため息を付いた。その態度に勇が腹を立てなかったことが不思議だが、は「知り合いに片っ端から声掛けてるんでしょう、勇さん」と頬に手を当てる。
街鉄の音、人の話し声。車の音。様々なものが音を立てていたがと勇だけはその空間の中沈黙を守り続ける。やがては「結婚するときは一声かけてくれればお祝いの言葉ぐらい用意しますよ」と言い残し自転車にまたがった。
「おい!」
「何度言われても、私は絶対嫌ですからね」
「そもそも婚約者だったのだから問題なかろう!」
「4年以上も前の話な挙句に勇さんが俺はこんな娘と結婚するなど冗談ではないって言ったんじゃないですか!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てると勇を横目に正が「あいつらは何を騒いでいるんだ……」と眉間の皺をより濃くさせたのは言うまでもない。
騒ぎ立てた結果、勇に自転車を奪われ渋々と宮ノ杜に引っ張りこまれたは偶然居合わせた雅にさんざん文句を言われ、千富に立ち振る舞いを叱られ、終いには玄一郎に呼び出されるという踏んだり蹴ったりな結果を得る羽目になった。
「様、自動車をご用意致しました」
「ええ、いらないわ、だって自転車があるもの」
「そう申されましても……もう遅いですし」
「自転車をおいていってしまったら明日学校に行けないしね」
たえを諭すようにいい、そのままは宮ノ杜の玄関を開けようとした――が。
「ならば今日は宮ノ杜に泊まればよかろう」
「……私、もう婚約者ではないんですけど」
「元々婚約をしていた時も貴様は散々騒いでいたではないか。それに、貴様の跳ねっ返りぷりのほどは使用人共も分かっているだろう」
「勇さんの頭が固いんですよ……石頭」
「貴様っ……!もう我慢ならん、斬る!」
抜刀しかけた勇を止めるたえに、更にそれに便乗するの悪循環に「あああ……」と頭を抱えた進がはるに慰められていたりだとか。
結局泊まる羽目になり、次の日勇と街中でまたばったり遭遇した結果結婚しろと再び命令され断固拒否の口論をしたりだとか、全く彼らの少し先で同じような口論をたえと三治がしていたのを微笑ましく見ている進とはるがいたのは――また、別の話。
最終的に当主は決まらず仕舞いだったが、がそれ以降も時折宮ノ杜に顔を出しては勇と口論し、勇もまたに行ってはを斬ると宣言し。そんな日常が繰り広げられ始めた3月の終わり、そして4月の始まり。
彼らの中にあった「穏やかな世界」はもう既に色を変え姿を変えたことに、まだ誰も気づかない。
関係における長文お題 [ 陽だまりの世界にさよなら、色めきたつ僕らの関係 ]
配布元:TV