But I know


ごつん、と背中に思い切り何かが当たる。が振り返ろうとすれば「いい」とだけ返ってきた。
仕方なしに動けないんだけどと言葉を向ければうるさいと跳ね返ってくる。


「何?」
「メリーって好きな奴いんのかな」

知るか。
淡々とは切り返しながら調合用にといくつも用意しておいた中和剤を棚に閉まっていく。まだある程度ストックは残っているが、何の調合にも必要になってくるので頭が痛い。
自分でエリキシル剤を作ってしまえば簡単なのだが、調合法にも条件があり、そう簡単に集まるアイテムでもない。何より「何でも治る薬」なんてものを早々に表に出せば高額請求でも止めてくる欲まみれの人間も多いと聞く。は最低限の必要な時以外は使わないよう瓶を丁寧に仕舞いこんだ。そんな「医者要らず」の薬なんかよりも適度に手に出しやすい調合をしなくてはとレシピを頭の中で再生させる。
調合に必要なアイテムをざっと周囲に目を通し確認を終え次に必要な道具を探し始める。

「ええと、ろ過器どこやったかな……」
「おい聞けよ人の話!」

思いがけぬ声には渋々身体を反転させ自分に甘えてきていた後輩の頭をぽこん、と軽い音を立てて叩いた。

「いって!」
「力入れてない」
「そうじゃねぇよ」

顔を顰めたラルフにはめんどくさいな、と思わず思った言葉をそのままぶつけた。会う度に彼はこうだ。普段の自信満々の態度は何処にいったのかと聞けばそれはそれだと言うのだから呆れてものも言えない。……否、割りと口にしているのだが、殊更彼は彼の認めた生涯の好敵手であり同級生であり仲間であり恐らくは片思いの相手である錬金術師に歯がたたないのである。そればかりはは口出しすることも出来ず「今日も懲りないものだ」と呆れながらも付き合っていくしかない。
メリエーラという少女はの知り合いの一人でもある。レルム通りで錬金術師として冒険者と同じく「困ったときのメリー」と言われるほどに慕われるいわば下町のアイドルである。街の中の五分の一が錬金術師であるこの町で、錬金術の工房を営んでいる人間は少なくはないが、メリエーラは少々の特殊な環境にあることと、加えて「妖精つき」として周囲に知られている。実際も彼女とは何度も顔をあわせているし、仕事の関係でパートナーになったこともある。
……そして、彼女の工房に人一倍反対していたのが、この少年、ラルフである。
彼女がどうして、工房を選んだのかを知りながらもそれでも尚彼はメリエーラに戻って来いと手をさしだしている。……それが、意味のないことと知りながら。はそんなラルフを不憫に思い、同時に阿呆であると思っている。
頭がいい男はどうしてこう、ダメ人間なのだろうか。錬金術馬鹿二名を思い出し、もれなく溜息をついた。

「……なんか言いたそうにこっち見るのやめてもらえねえかな、
「好きなら言えばいいじゃん、調合の邪魔しないの」
「別に好きなんかじゃねえし!」


顔を真赤にして慌てて言う時点で全くをもって、そんな主張に納得する人間がいるとは思えないのだが、取り敢えずは適当に相槌をうち、調合器具類をまとめた戸棚からろ過器を引っ張りだした。

「……何作ろうとしてんの?」
「安眠香」
「ふーん、なんか手伝う?」
「じゃあ乳鉢出して乳糖削って、そこにズユース草放り込んで、一緒にして。中和剤は左の戸棚の3つ目のところにあるからそれも出して」
「へーい」

ラルフの作業は手早い。クローネ水をろ過器に入れ込み、ろ過させながら淡々とは観察していた。
学校では首位だということもあり、恐らくラルフの論文も申し分ないだろう。これならば早々に研究室で判子ももらえる。少なからずの学生時代にいたガリ勉くんよりは余程マシであり、そういえば彼は国を出て今何をしているのだろうと遠い目を思わずしてしまう。
きっと相変わらず大騒ぎなのだろう。少しばかり王都での生活が懐かしく感じられて、苦笑いをしてしまった。

「……ってさ、惚れた奴とか、いねえの」
「何、突然に」
「んー……あんま恋愛とかするようなタイプに見えねえしさぁ」
「人並みには恋をするよ、これでも」

ろ過に入れた水を確認し、丁寧に乳鉢の中に入れると、ラルフが持ってきた中和剤と合わせる。段々と色の変わるその品にラルフは目を奪われ、次にの言葉に彼女へ視線を配った。彼女は変わらぬ表情で淡々と仕事をこなす。
意外といえば意外だったのかもしれない。こぼれ落ちた言葉に、彼女は笑っていた。

「ラルフもメリーのこと、あんまり言えないんじゃないの?」

やれやれ。彼女は色の完全に変わったそれをじっと見つめる。
ラベンダーのような香りに思わず顔が綻ぶと訝しげに此方を見つめているラルフの視線に気づき、は「ちゃんと調合に集中しなさい」と彼の頭を軽く叩く。瞬間、淡い光が乳鉢の中で渦を巻き、静かに形を変えた。

「俺、よく分かんねえんだ、そういうの」
「そう」

安眠香を袋の中に入れ、器具の片付けをしながらは彼の言葉に耳を傾ける。彼は調合器具を片付ける作業を手伝いながら、ぼんやりと独り言のように繰り返す。
彼女はライバルで、同級生で、ほっとけない相手だ。だから、それは恋とは違う。うわ言のように繰り返されるその言葉に、は遂に溜息をこぼした。

「そんな事言ってて、横から掻っ攫われたらどうするの」
「……そんなの……」
「ラルフ」

迷うのは自由だけど、時間は待ってくれないよ。
諭すように言い残し、は器具を洗いはじめる。後ろでは何かを考え込んでいるラルフの姿があったが、こればっかりはが追求するわけにもいかなかった。
彼は奥手で、ぶっきらぼうで、素直じゃない。誰よりもメリーの傍に居れるという自覚をしているからかもしれないが、それは単に付き合いが人より少しだけ長いだけだ。彼女は彼のことを思っているか否かなど、わからないし気持ちは何時だって流れるように変化していく。


「これは人生の先輩としての助言と、後は忠告、ってことで」
「……俺は、メリーがそばにいるのが当たり前だと思ってたんだ。……だから、反対した」

そう。
そっか。
うん。
何度も何度も耳を傾けて、最後には分かりやすく、さっぱりとした口調でラルフに言った。

「もう面倒だから、告っちゃいなよ」
「なあっ!? だ、だから!」
「うん、だから、言いたいこと全部言ってくればいいでしょ。聞いてればもう、何?さっきから。惚気たいの?私これから診療もあるんだけど」
「そんな恥ずかしいこと出来るかー!」

ぎゃあぎゃあと喚くラルフに、は本日三度目の溜息をこぼし、仕方なしに持っていた疾風の竹笛をぴい、と吹いた。心地良くも鋭い風がラルフ包む。思わず彼が言葉を失うと、にこりとは笑った。

「はい、頑張れ、少年。これあげるから」
「えっ何これ」
「メリーにあげたら喜ぶもの」
「……何?」
「依頼書」

人をパシリにすんな!
叫び声が聞こえたが、何やかんやでその仕事を請け負ったラルフに満足し、はその手をひらひらと振って聴診器を鞄の中に入れた。

「ああ、面倒くさい後輩たちだなあ、まったくもう」

こういうの、ツンデレ、っていうんだっけ。
言葉にしたら何やら可笑しくてくすくすとは笑う。……レルム通りで大きなくしゃみが2つ、聞こえたのは言うまでもない。