いい日だったね
一歩、二歩、ゆっくりとが翔麻と並んで歩いていると自然と会話が途切れる。
ああ、珍しいこともあるものだと彼女が視線を上げると、何とも言い難い顔をしている翔麻が目に入った。夕焼けに照らされているからだろうか。随分と大人っぽく思えた。
「翔麻先輩」
「……ん、どした」
「あー、うん、なんだろ……」
やっぱ、何でもないです。曖昧に笑ったに何だよ、と翔麻は笑った。そういえばこんな風に並んで歩いたのは久しぶりかもしれない。ぼんやりとは思いながら並んで歩いて腹が減ったなあと漸くいつも通りに喋る翔麻を追いかける。
背中は少しばかり遠い気がして、彼の手を思い切り引っ張ればバランスを崩した翔麻が随分と驚いた目でを見つめてきた。何だよ、と視線がそういっている気がしては「翔麻先輩ってほんと空気読まないね」と笑ってみせる。引っ張った手を離すと翔麻は少しばかり驚いて、プラス呆れて、最後に笑った。
「お前ってほんっとーに素直じゃねえなあ」
「どーいう意味ですか?」
「ほらー、コレあれだろ、デートじゃん」
「えっ」
デートだったんですか、これ。
素直に尋ねたに翔麻はデートだろ、と言い返す。二人で出かけて、夕焼けをバックに段々と会話が途切れて、女が手を引いて……なんて羅列していけば唯のバカップルもしくはリア充、要するにデートと恋人の仕草と何ひとつとして変わらない。いかんせん本人たちがそういった類として自覚をしているのか否かは微妙なところではあるのだが。
翔麻がに手を差し出すと思った以上に彼女はすんなりと手を取り並んで歩く。口数は先程以上に減ったが自然とは笑顔が綻ぶ。……翔麻が「こっちみんな」と少しばかり照れくさいのか顔を背けるのが楽しいのだが、それはの中だけでとどめておこう。
「ベースの音っていいですよねえ」
「なんだよ、トートツに」
「楽器見に行った時に見かけて」
お前音楽科じゃん、という突っ込みに「それはそれっていうやつですよ、翔麻先輩」と妙に真面目に言い返すに翔麻は小さく笑った。
掴んだ手はどことなく熱かった。
「先輩って実は結構女慣れしてますよねー、ちょっと悔しいんですが」
「そーかぁ?つか、土浦だって彼女持ちだったつーし、そんなもんだろ」
「これだからバンドやってる男はチャラ系って言われるんですよ」
文句を連ねるに何拗ねてるんだよと尋ねれば夕焼けが差し込んで少しばかり彼女の不機嫌な表情が鮮やかに見えた。
翔麻とつながれた手は、少しばかり弱々しい。
残照に包まれながら、翔麻は盛大に溜息をつく。
何に不機嫌で、何に不安で、ついでに言えば何に対してがこうも涙目なのかも分からないが……取り敢えず構ってやりたい気がした。
「ー」
「なんですか?」
「うち寄るか?……あ、駄目だ俺んとこ寮だった」
「何一人でボケツッコミ言ってるんですか」
呆れてが笑うので、彼女の背中にのし、と身体を寄せる。重たいんですけど、とが悲鳴をあげたが、敢えて彼は聞く耳を持たず彼女の頭に顎を乗せる。
夕焼けが彼らに光を差し込む。
眩しさから目を細めているとがぼそりと「翔麻先輩はモテるので、うん」と何とも言えない言葉を紡いだ。……正直なところ、意外だったので翔麻の手が外れた。その隙を見て、ひらりと彼女は身を捩らせ軽い足取りで一歩二歩と歩き出した。
「ちょっと待てそれどーいう意味だ、え、なんだよ嫉妬?!嫉妬でいいのか?」
「知りませーん、わかりませーん」
「自分のことだろー」
先輩可愛いですねぇ。の不意をつく言葉に思わず「はぁ?」と聞き返すとはたたみ掛けるように先輩はかっこいいからなあ、モテるしなあ、などと付け加えていく。
思いがけない言葉の数々に鳩が豆鉄砲食らったような顔をすれば、彼女はくすくす笑い、その手をもう一度、三度目になるが差し出した。
「帰るまでがデートってやつでしょ?」
「……やっぱこれデートか、デートでいいのか」
「まぁ、デートなんじゃないですかねえ」
「そもそも俺らどっちも告白してないよな」
じゃあ今しましょうか。
然りげ無い提案を挙手を加えてしてみたに翔麻が驚きと呆れを入り交じらせた瞳を向ける。俺様何様不動様。何に対しても真っ直ぐ自分の意見を貫いている不動翔麻らしかぬ態度にコロコロ笑った。
事もなさげに「好きですよ」と言うの「好き」はどことなしに「犬と猫どっちが好き?」の質問に対して「犬が好きかな」などと応えるものと対して変わらないような口ぶりだ。意味がわからないほど子供でもない。そして、人のことをチャラいチャラいといっているには到底そんな「遊びで付き合う」なんてものは無理な話だ。少なからず翔麻はそういうを見てきているし、を評価している。
「冗談で言ってるなら俺キレんぞ」
「先輩は冗談だと思うんですか」
歩道を並んで歩いている二人を見て周囲の人間が兄妹と取るのか恋人と取るのかは分からない。けれど至って真面目な声でが言うものだから翔麻は彼女を力の限りタックルから羽交い絞めにしてやった。ぎゃあという悲鳴に全くを持って色気は感じなかったが、思わず喉の奥で笑うと「先輩はずるい人だ!」と下から文句が聞こえてくる。
「ほら、帰るぞ」
「ちょっと先輩フォローなしとか!」
「あー、えー?なんだ、じゃああれだ、好きだ」
……思いがけない言葉だったのだろう。
彼女はさっと顔色を変えて翔麻に恐るべきスピードで右ストレートをかましたが、あえなくあっさりと避けられてしまった。やいのやいのいいながら、並んで歩くそんな日曜日。
2012.04.21
【いい日だったね】DEPAPEPE