frutta bacio
「アァ? うっせーよ俺の勝手だろうが!」
随分と態度が悪いアッシュの声が聞こえてくる。諜報活動をしていたは持っていたペンをポケットに仕舞い、2,3女性たちと会話を交わした後にそちらの方向に向かう。
……広間の時計台の前に、やたらと人だかりができていて、状況は余りいいとは言えない。
「何、どうしたんですか」
ひょこりと一番近くに居た大柄の船乗りに尋ねれば、何でも勇者リベルタと幽霊船船長の戦いが見れるということで子供が集まってきたらしい。
は思わず顔を歪ませ、男に愛想笑いで「グラッツェ」と言い残すとどんどんと人をかき分けてくる。
レガーロ島の人間は知り合いが多いが、火事と喧嘩は何とやら……とジャッポネの言葉にある通り、彼らは皆好奇心旺盛だ。……もその中に部類される人種ではあるが、いかんせん状況が状況である。
やっと人垣の中央にたどり着くと、の嫌な予感は的中し、レガーロ島でも珍しい程の鮮やかな金髪と、此方もまた珍しい部類だろう銀髪が剣と剣をぶつけあい、見据え合っていた。
「……ああ、やっぱりね」
船での一件以降、ファミリーに新しく入る予定のアッシュは何かとリベルタとぶつかっている。
リベルタより年下であるにもかかわらずリベルタより横柄な態度をとっているのが彼には気に入らないらしい。
……だが、喧嘩友達ができたようでからすればリベルタの嬉々とした表情が見れるのは嬉しい。これを口にすると「オマエはあいつの母親か姉貴か」と呆れた顔で主に眼帯の幼馴染や、目下眼の前に居る男に鼻で笑われてしまうので、彼女は口に出さないが――。如何せん、血気盛んすぎて他人に迷惑をかけているのが頭の抱えどころである。
リベルタの構えから、一歩踏み出すまでのスピードにアッシュはあっさりと追いつき、剣を横にして彼を抑えこむと口元をニヤリと緩ませた。片手で何かを結ぶように動かし、右手から錬金術を繰り出した。
「おい! それは卑怯なんじゃねーの!?」
「ハァ? うっせぇよこういうのはやったもん勝ちだっつーの」
剣舞というには豪快すぎ、美しさというよりも野生的だ。振り上げられた剣は太陽に反射しキラキラと輝いている。
人垣は「やっちまえ勇者リベルタ!」という声と「負けるな銀髪の兄ちゃん」という声が交じり合っていて彼らの交戦を見物し始めていて――止める人間はいそうにない。
こういう時いて助かるのは幹部長であるダンテだが、彼は目下忙しい立場にあり、こんな些細な問題に手出しさせることはできない。聖杯の幹部であるノヴァも一瞬頭をよぎったが、現状が尚更悪化するのは目に見えている。こういう時頼りになるのは剣の幹部であるフェリチータだが、今日の彼女の仕事内容は朝食時に聞いたところによると屋敷内での書類に関しての仕事であったはずだ。ここから呼びに行くには些か時間が掛かる。そこまで考えているを他所に彼らの戦闘は今尚続き、剣の歯がぶつかり合う音がやたら高く響きあっている。
彼女はいつ出たらいいのか見計らっているとアッシュの剣がくるりと舞、彼の手に収まった。リベルタはその彼の器用な捌きに一瞬反応が遅れ、次に右ストレートで拳を盛大に食らってしまう。一息だって付かせまいとアッシュが錬金術を繰り出そうとした。
……が。流石にはこの状況下を黙ってみていられなくなり、人ごみから飛び出す。おい、だの何だの人垣の人間が彼女を止めるが、は振り返らない。
いち、にの、さん。
リズムに合わせて体を仰け反らせ、ステップを踏むようにしてアッシュとリベルタの間に割り込み双方の首元に得物を突きつけた。
「そこまで、ふたりとも」
「……チッ」
「うわあ、いつからいたのさ!」
「二人が騒いでるから聞きつけてきたの! アッシュ、錬金術はどうしたの! リベルタも仕事に戻りなさい!」
うっせーみかん頭はすっこんでろ。真顔でそう発言したアッシュに容赦無くは得物を叩きつけた。
鈍い音が一帯に木霊し、彼はまさか攻撃してくるとは思っていなかったのだろう、顔をぽかんとしたままで彼女を見上げてきている。
突然の乱入者に、周囲の観客は盛り上がり、姉ちゃんやっちまえ、だの何だの囃し立てる声がますます大きくなって行く。高揚感からか、アッシュはそのブルーの瞳を細めてを挑発するように此方を見据えている。
「なんだよ、やんのかよ、みかん頭」
「吼えてる狗を叱るのは、飼い主の仕事じゃない」
「誰が! 犬だ!」
二人の間に不穏かつ緊迫した空気が流れ始め、リベルタは「えっ」と思わず声を漏らした。
が来たことにより冷静さを取り戻せたはずが当の自分が今にも得物を突きつけアッシュと戦闘に入ろうとしている。彼の頭の中で彼女というものはどうにもこうにも「諜報部の先輩」であり、アルカナ・ファミリアの仲間だ。
ダンテの不在しがちである諜報部を支え、動き、判子を押しているというにも関わらず――この状況は、彼が見た中でも随分と珍しいケースに入る。そうさせるのはアッシュのせいだろうか。
「へっ、やるってぇなら相手になるぜ?」
「だから、さっさと金貨に帰りなさいって!」
「つーか俺はあの眼帯の舎弟になった覚えは一度足りともねえ! 胡散臭い錬金術師のおっさんの二番弟子にも、ついでにオマエみたいなのがいるハゲたおっさんの部下にもな!」
悪態をつきながら彼女の三節根が連結され棍としてアッシュにつきつけられる。
だが、アッシュはの連携を見抜いていたのだろう、直ぐに片手での腕を掴み、得物を片方振り落とす。はもう片方の手で突きつけていた得物を引っ張りあげ、体制を建てなおすと足を振り上げ、みぞおちに先ずは一発。アッシュは攻撃を避けるも、第二打、第三打と攻撃をしかけていく。
やれやれ、頑張れ兄ちゃん。
そんなガヤの声なんてお構いなしの猛攻にリベルタはオロオロと視線だけを送り何度も視線を行き来している。
「何だよ、の奴まーた面倒起こしてんのか」
「わ、デビト!」
何でここに。気配もなく隣に立っていた男に思わずリベルタは飛び退く。隻眼の男――デビトはリベルタを気にする素振りもなく、戦い続ける二人へ視線を投げている。
「俺は俺ンとこの舎弟を迎えに来たんだよ」
「るせーオマエの舎弟になった覚えはねーぞ!」
「あっそうだ! おいアッシュ、負けたほうがジェラートおごる約束だろ!」
はその瞬間に、ピタリと攻撃を止めた。その一瞬の隙を見てアッシュが彼女の左足に錬金術を放つ。
紫色の術が輪を描き、を狙った。
だが、彼女は急に戦意を失ったのか攻撃をかわすと武器をさっさとしまい込む。
次の瞬間、彼女はとてもいい笑顔でリベルタの名前を読んだ。
「お、おう」
「アッシュ」
「あ?」
「そんな下らないことで此処でやりあわないの!」
お陰で勇者リベルタと幽霊船船長のやり合いが見れると人が増えてきた始末だ。
本来の原因を思い出し、は揃って二人に叱咤の声を上げるがリベルタは「あっダンテに頼まれごとがあったんだ!」とそそくさと言い残して走り去っていく。まるで姐に叱られることを恐れた弟のような逃げ方である。デビトはデビトでニヤニヤ笑いを残し「俺も別件の仕事があンだヨォ」と良くわからない言葉を残して去っていった。……此方も、どう考えても面倒事を避けたい男の主張にしか見えない。
取り残されたのは、そのコートの裾を盛大に掴まれたアッシュと、怒りの表情を隠さないの姿だけだ。
「だーからー俺はひよこ頭に言われただけだっての!」
「リベルタのせいにしないの! 悪乗りしたそっちも悪いでしょ!」
「つーかみかん頭のせいであいつ逃げやがったじゃねーかよ!」
みかん言うな!
彼女の反論を無視し、不機嫌そうにアッシュは舌打ちするとの手首を掴み、ずんずんと歩き出す。
人垣もだいぶまばらになってきて、「痴話喧嘩か」だの何だの漏れた声が聞こえてきたがアッシュが否定する様子も肯定する様子もなく歩き進めるので渋々は彼に歩調をあわせて追いかける。
どのくらい歩いただろう、やがてアッシュは足を止めた。
「俺は青りんごと、こっちのリンゴのと、後こっちののジェラートで」
「……ジェラテリア?」
ひょいと顔を上げたに、アッシュは手を離して「仕方ねーから奢ってやる」と些か不機嫌ながらもそう答えて会計をしにさっさと店の中へと入っていた。取り残されたはぽかん、としたままだったが、奢ってくれるというのだ、折角だしその好意に甘えるとしよう。
視線を投げると色とりどりにジェラートが鎮座している。ピンクにオレンジ、白いものはココナッツだろうか。
暫く彼女は考え込んだ後に、ひとつひとつを指さして店員に声をかけた。
「あ? なんだ、決まったのか」
「ホント林檎好きだね、アッシュ」
手渡されたカップをアッシュに渡すとはその横で自分のカップにスプーンを差し込んだ。
並んで木陰のベンチに腰掛けると、柔らかな風が吹く。揃ってスプーンを掬うと、口の中に広がる甘酸っぱさには目を細めた。ジェラテリア・ボッカのジェラートは諜報部でも話題になる程だ。島の各所にはジェラテリアはあるが、種類の豊富なジェラテリア・ボッカは何かと女子供が行きやすいのか、店前には常に人がいるのが目に付いている。
「……オイコラ、何人のことほっぽり出してんだ」
「えっ」
頬杖をつき退屈そうに此方を見据えてくる碧眼の双眸。
ああそうだ、彼と会話中だった。思い出したようにジェラートを一口だけ口に含むと甘酸っぱい味に思わず顔が綻ぶ。ひょい、と横から何か影が映った。
「一口よこせ」
「ちょっと、言う前から取らないでくれる!?」
「うるせ」
スプーンであっさりと掬われ、彼の口にジェラートが含まれる。この男は自分勝手だ。が内心そんなことを毒づいていると、視線がぶつかる。その顔はしかめっ面で、零れた言葉は「すっぺー」の一声だ。
それはそうだろう、先程まで甘いものを食べていたのだから当然といえば当然だろう。彼は自分のカップにスプーンを戻し、口に放り込みながらのカップをまじまじと見つめる。
「オマエ、結局何にしたんだよ」
「何って……アランチャロッサと、マンダリーノと」
「……すっぺー訳だよ」
柑橘類のジェラートはこのレガーロ島での名産品であるリモーネが有名であるが、彼女の選んだのはあえての赤みの強いアランチャ・ロッサだ。ブラッド・オレンジなんて別名もあるだけに、その色は他のアランチャと明確に異なっている。
「おい待て、三種類だよな?」
「うん? 三種類だけど」
彼女の上げた二種類に首を傾げたアッシュを他所に、彼女はさくさくと口の中にジェラートを含んでいく。
もう一口寄越せと腕を伸ばすアッシュからカップを守れば、アッシュは渋々と自分の持っているカップを彼女に差し出した。
彼も紛いなりにも錬金術師である。一つのものには一つのもの、等価交換で寄越せと言っているのだろう。
「……そこまでして食べたがらなくても2つ目行けばいいのに」
「うるせー、オマエに奢ったせいで金がねーんだよ」
「ああ、お金関係ないところにずっと居たから」
彼女の余計な一言に、アッシュの右靴が脛を蹴り飛ばす。思わず痛いと反論すればアッシュはぶっきらぼうにソッポを向いた。そのまま、のカップに入った真っ白のジェラートを大口で食べていく。もれなくの小さな悲鳴が聞こえたが、彼の中では無視なのだろう。等価交換とはよく言ったもので、アッシュの一口はさくさくと進んでいく。
「ちょっと、食べ過ぎでしょ!」
「るっせ、育ち盛りなんだよ! ……ん、待て、これさっき食べた味だ」
黒川の手袋を外し、親指で口端についたジェラートを拭いそのまま舌でなめとると、それは確かにリンゴの味がした。
「……ふぅん」
「何?」
「いーや、別に。オマエがリンゴを選ぶなんてねえ?」
ニヤニヤと意地悪く笑う含みのある言い方をするアッシュには思わず頬の色を朱に変えた。
それを隠すようにスプーンでアッシュのジェラートを食べると、リンゴの酸味が口にふわりと広がり、青りんごに、いつものリンゴ、そして先程自分が頼んだものと全く同じ味が広がる。……彼が、リンゴを好むのもわからないでもない。リンゴは智慧の実ともいう。虎である姿からりんごを食べることで人に戻るということは、そういった聖書にもある話と関連づいているのではないか……とは考えている。もちろん、詳しいことなんて一切わからないし、何よりも彼女は錬金術師ではない。
「おい、みかん頭、こっち向け」
「断固拒否」
「かっわいくねー女」
こつん、こつんと彼女の足にアッシュの足が当たる。
……それを無視してジェラートを食べれば、やはりリンゴの味がして、爽やかな口当たりだ。
最初は小突く程度だった足蹴も、だんだんと強くなってきて、流石にいいかげんにしろとが振り返る。
……目が触れ合うほどの距離に彼は彼女を見据えており、唐突すぎる出来事には思わず硬直した。持っていたスプーンが落ちる。ゆっくりと、重力に倣って落ちた音が妙に耳に障った。
いや、実際はは耳にしているようでしていない。整った顔立ちにブルーの瞳は彼女を捉えて離さないが故に、彼女も身動きが出来ない。
軽いリップ音が、次に木霊した時。は呆然とただその出来事を受入れてアッシュを見上げていた。
「ごちそーさん」
「……っ、アッシュ!」
何するの、という彼女の反論に彼はくつくつと笑うばかりで、結局答えてはくれない。じろりと睨んでいると、アッシュは彼女の顎を掴み、もう一度掠め取るような口付けを落とした。
「っ!」
「可愛いとこも、まーそれなりに、あるんじゃねえの?」
奢ったんだからそれぐらい見返り寄越せよな。
笑い声を残し、自らのカップを持ち去っていったアッシュを追いかける気力もなく、はテーブルに肘をつき、手の甲で目を覆った。
暫くは顔を合わせたくない。急速に高鳴る鼓動を抑えるように、は大きな息を吸って吐き、アッシュの席に置かれっぱなしの自らの、この事件の大元になったジェラートの最後の一口を放り込む。
じわり、とアランチャの甘酸っぱい味は先程のくちづけを思い出させるには十二分で彼女は思わず机にのめりこんだ。
「キスの味がリンゴにオレンジ? ……甘すぎるでしょ、馬鹿」
次は違う形でやりなさいよ。
そんな呟いた声は誰に聞かれるわけでもなく、彼女はカップをくしゃりと潰すとダストボックスに放り投げた。
2012.06.23
frutta bacio:果物とキス