Marzo piatti


「お嬢」

よう。は手を上げて挨拶を交わした。厨房に居ないなんて珍しい。
フェリチータは彼に近づくと彼は両手いっぱいに持っていたアランチャに興味を示すと彼は少し屈んで彼女の目一杯にアランチャを広げた。

「おひとつどうぞ」
「いいの?」
「みんなには内緒な」

グラッツェ、。綻ぶように笑ってフェリチータは一つ、手にとった。
甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐる。
リモーネとはまた違う香り。フレグランスにして混ぜ合わせると元気になれる香りだ。どことなくリベルタやパーチェを思い出す。
二人で並んでゆっくり屋敷に戻ると、彼はそのままの足取りで厨房に入っていくのでその後ろをついていく。

は持っていたアランチャを籠の中に落とし、手を洗った後まな板に器用に包丁を並べる。
そこからまるで流れ作業のようにアランチャを籠から水の中に幾つも入れて洗い、切り落としていく。
何をしているのか気になって彼の後ろをじいとフェリチータは見ているとボウルにどんどんと果肉が投げ込まれていく。

「……何してるの?」
「ん、今日はアランチャ安かったから、白身魚のソースに使うのとマフィンでも作ろうと思って」
「ふうん」
「お嬢はリモーネパイのほうが好きだったか」

悪いな。

視線を相変わらずまな板先にあるアランチャを捉えたままで種があっという間に弾き出される。 リズミカルかつそのスピードを楽しそうにフェリチータは見ていたが、やがてが音を口ずさんでいることに気づいて顔を上げた。

「歌」
「あ、悪い」
「ううん」

好きな歌。彼女の言葉に、は照れを隠しきれず腰に巻いたエプロンで手をぐいぐいと拭う。
それ以上彼は歌を歌わなくなってしまったので、フェリチータが代わりに口ずさむとは目を細めて、果実を剥いていくスピードを早めた。


アランチャ(arancia):オレンジ Marzo piatti :お料理行進曲