nessuno lo sa
うつらうつらと意識が朦朧とする中でぼんやりとデビトは遠くを見つめる。ウミネコがにゃあ、にゃあと鳴いている、漣の寄せては返すその音が残響になって耳に残っては消えていく。
体がいつもよりもずっと軽い。
メンテナンスを半ば無理矢理にジョーリィにされたからだろうか。
彼の気味の悪さを感じながらも、それでもどこか体全身が動きやすく、疲れを感じにくくなっているのも確かなようで、遠くの音に耳を傾け続け、そして彼はハァ、と溜息を零した。
定期的に行わなければならないこの不自由さは考えもので、結局自分はあのいけ好かない男に「生かされている」のだと思うと自分の生きている意味が何かわからなくなる。
全てはファミリーのため。パーパのため。
それだけのために、生かされ、能力を駆使させられているのだ。全く面白みも何も感じない。
自然とギャンブルに没頭すれば幼馴染の二人は顔を歪ませたがそれ以上は何も言わない。彼らは瞬時に物事を察する頭のいい人間だ。享楽主義になったとしても、変わらずに接する彼らといることはデビトにとっては「楽」で、自然体で要られる場所だ。
金貨の「カポ」でも、ファミリーでもなく、彼らの居場所は心地がいい。
不意に、陰りが出来て閉じていた片目を開けると誰かが自分を覗き込むように立っていた。
気配を消しているあたりは手練なのだろう。思わず身構えるが直ぐにシルエットで誰か判別すると緊張感を解く。当の本人はニコニコ笑いデビトを見つめるばかりで、緊張感なんてものは欠片もなく呑気な姿この上ない。
「ンだヨ、俺は今自由気ままなシエスタを満喫してンだ、邪魔すンな」
「邪魔なんかするわけないでしょ」
したら直ぐ怒るじゃない。
寝起きの悪いデビトをさほど気にする様子もなく、片手に書類を持ったはデビトの横に無造作に座ると「私だってサボりだもん」と体を寝転がる。
並んで寝転がると随分と空が遠く感じた。こんなにも空はくすんで見えただろうか。デビトは目を閉じると子供の頃に見た空をどうにか思い出してみる。もっと色の濃い、清々しい空だったような気がする。
のオーデトワレの香りが鼻を擽り、いつもと香りが違うためか奇妙な感覚を覚える。
「」
「うん」
「何、してンだヨ。お前」
「……仕事のサボり?」
乾いた笑いを浮かべた後には適当な言葉を述べ緩やかに目を閉じる。彼女の言葉をまとめると要するに諜報部にだって嫌なことぐらいあるらしい。
弱音を言いながら泣くかとデビトが観察するが彼女は表情を崩さず目を閉じながらぐだぐだと悩むばかりだ。
「……いっちょ前にナマイキいってンじゃねーヨ、たかが仕事だろ」
「落ち込んじゃいけないみたいな言い方賛成しないけど?」
ぱち、と彼女は片目だけ開いて少し不機嫌がちにデビトを見据えた。デビトの片目との片目がバチバチ音を立ててぶつかり合う。彼女は視線を逸らさず、デビトも反射的に視線を逸らしてはいけない、と何かを感じていた。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはデビトだった。
「珍しいな」
「何が?」
「お前とこんな顔が近ェの」
腕を伸ばせば伸び切らない所での髪に届く。耳のあたりに手を付けばはわずかに身動きをした後、ああ、確かに、と少しの色気も見せることなく言い放つ。そういえば彼女との出会いは余りいいものとは言えなかったな、そんなことを思い出してデビトは薄く笑った。
顔を近づけても全くそれにしたって反応しないのは女としてどうなのだろうか。少しは意識すればいいものを。
べしべしと額をはたくデビトには眉間に皺を寄せながら「痛い」と唇を尖らせる。
恋愛要素が微塵もない彼女の態度に腹立たしく思えてくる不思議と、自分の中での彼女への感情が不格好にかつ複雑に交錯しあう。面倒くせェ、と彼はぼやく。幼馴染、悪友、様々なカテゴリーに彼女はいるので今更恋愛感情も何も認めたくはない。彼らはあくまでもそばにいても、いつも同じで均衡が保たれるべきであったのに。
「」
「今度は何」
「お前、覚悟しておけよ」
意味がわからないと呆れた彼女に、デビトは「忠告はしたからナァ」と起き上がりケタケタと笑うと去って行った。取り残されたは彼の背中をぼんやりと眺めていたが、気ままにさしてくる日差しに目を細め「ほんと、意味わかんない」と小さく笑った。
彼が彼女を意識する、彼女が彼を意識する、これがほんの序章に過ぎなかったことは誰も知らない。
nessuno lo sa : 誰も知らない