E sereno


 いつもよりその日は随分と暖かい日だった。昨日まで寒かったのが嘘のように気温はあがり、空は快晴、レガーロ晴れ。
 は太陽を見上げて思わず手で日陰を作ると「いい天気だなあ」と呑気に一言つぶやいた。仕事が休みであるため、何かしたいのだが如何せん休みが友人たちと異なるせいか誰も相手が見つからない。
 仕方なしにぶらぶら街を散策しているのだが、実際やっていることは結局いつもの仕事の際と大して変わらないのだ。市場、広場、港、街、其々を散策した後にいつもは買わない露店で飴玉を一袋買った。
 舌で転がしながら街を再び散策していると子供たちがパタパタと駆けていく。その姿を横目にしながら次は何処に行こうかとぼんやり考える。
 特に予定もないので、仕立屋にでもいこうか。それともいっそ帰って、注文の多い幼馴染が愛好しているオムレツでも作ってもらおうか。近くのピッツェリアで出しているカルツォーネを食べあるきしてしまおうか。

 石畳の道を突き進むと日溜りの中に一つ、ひっそりとベンチが置かれていた。そこに座ってはゆったりと足を伸ばす。
 いい天気だ。風も気持ちいい。恐らく今日は絶好の航海日和に違いない。
 やがて彼女はうつらうつらと日差しの暖かさに誘われ、船を漕ぎ始める。街の声が遠くなり、体がふわりと浮いた感覚を覚えた。




「……ん」
「……こんな所で昼寝か?」

 上から声がして、は重たい瞼をこじ開けた。霞む視界の中でぼんやりと見える人影と、呆れたような声に誰かを判別すると「うん」と小さく頷いて再び瞼を閉ざす。
 ここで寝るな、と聞こえてきたが眠たいものは眠たいのだから仕方が無い。がくん、と寝てしまいそうなのをどうにか起きて話し相手にむにゃむにゃと言葉ですらない状態で呟くと「だって」と付け加える。


「カポにまた笑われてもいいのか」
「やだけど……レナートは、休み?」
「昼休みだ」
「んー……」

 返事にすらなっていない言葉に、レナートは三度目の溜息をつくと彼女の隣に腰掛けた。ジャケットを膝にかけてやると夢心地ながらも有難う、と礼を述べてくる。
 随分と真面目な反応に思わず笑いそうになったが、そういえば彼女はこういう性格だった。しばらく観察していると日溜まりの暖かさから体が暖かくなってくる。自然と体を冷やそうと、体内が活発に動き、眠くなってきたのでレナートは成る程、と妙に納得しの頭を撫でた。
 どうして彼女がこの場所を選んだのかわかった。だが、休みの彼女とは違い自分は仕事が残っている。


「――また、ここでな、

 名残り惜しいながらも指をそっと離すと、彼は背を向けてカジノへと戻っていく。残された日溜りにはが一人。
 ……否、正確にはと、姿を消しながらも彼女とレナートのやり取りを見ていた「影」の二人。影はに近づいて、音もなく消えると、がこんどこそひとりきりになった。
 緩やかに彼女が目を開くと、そこにはレナートのかけたジャケットと、「影」が彼女の肩にかけたジャケットに気づく。眠りの中でぼんやりと思いだしてみるがレナートのジャケットをかけられたところは覚えているが、もうひとつは覚えていない。



「うわ、よだれ出てる」

 ごしごしと手の甲でよだれを拭き、ハンカチで手を拭くとジャケットをじっと見つめる。
 持ち主は誰のものかは分かるのだが−−いつ、かけたのだろう。寝顔を見られたのだと思うと何となく少しばかり恥ずかしい。
 ぶんぶんと首を振り、あえて今の出来事は何事もなかったと彼女は結論づけタ。二着のジャケットの持ち主に返す用事が出来たは立上り、大きく伸びをひとつ。
 ジャケットを返す前に市場で売っていたワインでも買っていこう。二着のジャケットを丁寧に持つとは先程の石畳の坂道を今度は逆方向に歩き始める。
 空は相変わらず蒼く澄み切っていて、あたたかく、時折吹く風は心地よく頬を撫ぜる絶好の航海日和だ。知らずとして歌を口ずさむの横を先ほどの子供たちが再び通りすぎていく。
 レガーロ島は、今日も今日とてどうやら平和なようだ。


「カポ、ジャケットはどうした?」
「あぁ?あー、忘れてきたな」
「……そうか」

 カジノでほんの少し、波風が立っていることなど、は当然知る由もない。



E sereno:晴天